5月中旬から12月中旬まで、毎週土曜日の朝8時からお昼まで開かれるというPalo Alto Farmer's Market。今日はその初日です。Violetにまたがって、とりあえずどんなもんだか偵察に。
9時半過ぎに到着すると、すでに結構な人出。オーガニックの野菜や果物もそうでないものもあるみたい。他にはパン、魚、クレープ屋さん、花、蜂蜜、自家製ジュース等も並んでいます。
このオーガニックの葉っぱ屋さんで小ぶりのチンゲンサイを購入。オーガニックなので、ちっちゃい虫がついている。ちょっと怖いけど、気にしない、気にしない、オーガニックなんだから。
シイタケもあります。普通サイズは1ポンド(約450g)で$7.50ですね。スーパーの半額ぐらいなので、どんどん売れてます。アメリカではどうやって食べてるのかな?
美味しそうなにおいに誘われて、アプリコットデニッシュを買ってみました。パイのところは薄めでさくさく、アプリコットの酸味が程よくってうまいっ!
家に帰ってから、早速チンゲンサイを炒めて食べたところ、食感はシャッキシャキ、ちょっと苦いような特有の香りがはっきりしています。そうか、チンゲンサイってこういう味の野菜だったのかー。
この10年間、私は日本でペーパーゴールドドライバーでした。いくら私にはVioletがいるとはいえ、ここアメリカでは生活の足として車は欠かせません。また、パスポート以外の身分証明証がない身にとっては、運転免許証は第二の身分証明証にもなります。という訳で、カリフォルニア州の運転免許証を取得すべく、パロアルトに来て早々の4月末、DMV (Department of Motor Vehcle)に出向き、まずは筆記試験を受けました。36問中6問不正解で不合格のところ、5問の不正解に抑え(?)何とか通過。約2週間後に受けた次なる関門、路上試験は残念ながら不合格。あ〜、また受けに来なくては‥‥のプレッシャーを抱えつつ更に2週間経過。
そして今日、2度目の試験を受けに行ってきました。試験官は、初回のお世辞にも愛想のいいとは言い難いお方とはたいそう異なる、大変穏やかな印象のお方。試験前に、採点のことを簡単に説明してもらい、いざ出発!
右へ左への車線の変更、右折右折左折左折の連続に続き、路肩に寄せての停止、「もっと寄せて」ひえぇ〜、この程度で勘弁して下さい。バック、あぁ何となく曲がって行ってるけど修正不能。冷や汗をかきながらなんとか試験場に戻ってきました。「そこに駐車して」最後にテスト内容についてのコメントをもらい、今回はめでたく合格。試験官のおじさん、本当にどうもありがとうございました。嬉しいというよりもホッとした気持ちで一杯です。
さて、無事に試験が済み、書類を提出して帰りましょ、と車に近づくと、私の駐車した車は夫が運転席に入るのに苦労する程、駐車線の左に寄って停められている。でもまぁ、線からはみ出してはいないし、合格だし、ね。
東京から引越す際に船便で送った荷物たちが届きました。ちょうど1ヶ月です。約束の時間にトラックの音がし、窓からのぞくとなつかしいクロネコさんの姿。
届けていただいたのは、結婚してから購入した二つの家具です。
引き戸で、背が高くなくて、引き出しがついていて‥‥という収納家具を探し、こちらのお店にたどり着きました。我が家にやって来た当初はもう少し色白のおすましさんだったと思うのですが、時間とともに木が自分の個性をじわじわ表現してきている感じです。カリフォルニアの空気を吸いながら、どんな姿になっていくでしょう。
もうひとつはこちら。読書(と昼寝!)の友。これは二つのイスを並べて、簡単なコネクターでつなぐだけの構造で、ソファー然としていないのがいいところ。軽いので、移動も下部の掃除もラクラクです。二つのなじみの家具が到着し、仮住まいだった部屋が我が家になったような気がします。
スタンフォード大学には世界各国から学生、研究者、教職員とその家族が集まります。それら全ての人達の生活を支援してくれるのがBechtel International Center、通称I-center(アイセンター)です。こちらでの生活の細々したことを相談することができるので、右も左もわからない私たち外国人にとっては、頼れる存在です。また、英語やその他の言語のクラス、料理や文化を紹介するクラスやイベントが、ボランティアの方々によって企画・開催されています。昨日参加したツアーもI-centerの企画です。ボランティアの方々がご自分の車で、我々参加者をHakone Gardensまで連れて行ってくださいました。毎週金曜日の午前中には、Friday Morning Coffeと呼ばれる出入り自由の集いがあり、出会いと情報交換の場となっています。小さなお子さん連れのお母さん方も大勢集まっていらっしゃいます。
もう一つ、有り難いプログラムとして"English in Action(EIA)"があります。これは、これまでの職歴や自分が興味を持っていること、希望の日時などを登録すると、週に1時間、英会話の相手をしてくださるボランティアの方、English speaking partnerを紹介してもらえるというものです。実は先週の金曜日、このEIAに申し込みをしました。パートナーの方が見つかるまで、時期によっては2-3ヶ月かかることもあると聞いたので、のんびり構えていたところ、パートナーの方が見つかったとの連絡があり、明日、I-centerでお目にかかれることになりました。もちろん私の努力の度合いによるとは思いますが、これで少しは英会話が上達するのでは?!
Violetに乗って英語に出掛ける時に便利なように、patagoniaでリュックサックを買いました。先月訪れたSanta Cruzのアウトレットでは気に入ったものがなかったので、online shopを利用。小包の中身はこれです!あっという間に届きました。写真では色がうまく出ませんでした。実際はもう少し落ち着いたレンガ色とダークグレーです。背中にぴったり張り付いて、とても使いやすいですよ。
日本のamazonに注文した本が届きました。今回もまたピンポンダッシュで、玄関を開けた時には荷物だけがそこにありました。パロアルトが安全なところだから、家の外に荷物を置いて行くのだと都合よく解釈しています。
こちらにきて初めて経験したことのひとつに小切手(check)での支払いがあります。銀行で口座を開いたときに、いくつかある小切手のデザインの中から好きなものを選び、口座名義人の名前と住所を印刷した小切手帳を作ってもらうのです。
1冊の小切手帳に25枚の小切手がつづられたものが、6冊送られてきました。これに日付、金額、支払う相手、サインをして使います。5冊目の表紙だけ色が違うので何かと思ったら、次の小切手帳の注文票でした。
この2ヶ月で使ったのは家賃と公共料金、電話代の支払いなど7枚です。水道代は銀行からの自動引落しにすることができましたが、それ以外の支払いに関しては自動引落しサービスがあるのかどうか、みつけられぬまま。小切手を使うことに慣れていないうえ、金額を数字だけでなく、つづりでも書かないとならないので、いつも手に汗をかきながら記入しています。
東京では、燃えるゴミ、燃えないゴミ、新聞、段ボール、缶、ビン、ペットボトルなどの資源ゴミ、近所のスーパーで回収している牛乳パック、プラスチックトレーと分けて捨てていましたが、少なくともPalo Altoではそのようなきめの細かいゴミ回収はなされていません。我々の住むアパートのゴミのカテゴリーは3つです。
1. Recycle:紙類、缶、ビン、ペットボトル、プラスチックなどリサイクル出来るゴミを、いっしょくたに捨てます。このあと、一体誰がどうやってこれらを分けてリサイクルしているのでしょうか?ちゃんと分けて捨てるのに〜。
2. 段ボール:防水加工などのなされていないごく普通の段ボールと茶色い紙袋はたたんでここへ。
3. その他:1と2以外全て。
カリフォルニア州ではリサイクルステーションも設置しています。そこにペットボトルやガラス瓶などを持っていくと、キャッシュバックがあるようです。確かに、ペットボトルのラベルをよく見ると"CA CASH REFUND"という小さな記載があり、スーパーで水のペットボトルを購入する際には、代金の他に1ガロン(3.78L)ボトルだと8セント、500mlのボトルだと4セントの支払いが発生しています。これに気付いてから、まとまったらリサイクルステーションに持って行こうと思い、水のペットボトルは捨てずに溜めてあります。また、近くのSAFEWAYの入り口でもペットボトルの回収をしているのを見かけました。
先日訪れたトロントでは、紙類、ボトル類・缶、その他に分けて回収していました。それでもボトル類と缶は同じゴミ箱に入ってしまうわけですが、不思議なもので、紙とボトル類・缶を分けて捨てられるだけで、違う種類のゴミを一緒のゴミ箱に捨てることに対する私の罪悪感は軽減するのでした。
容赦なく降り注ぐ紫外線対策として、外出時には帽子をかぶります。以前から、もう少し違うものがないものかと探してはいるのですが、なかなか巡りあわず、唯一持っているこの帽子、おばちゃん帽をいつもかぶっています。何かのときに急いで新宿のおばちゃん系デパート、京王百貨店で買ったので、デザインがなんだかおばちゃんなんです。
今日もこれをかぶってアパート近くを歩いていたら、向かいから歩いて来た見知らぬおばちゃんに突然話し掛けられました。私のかぶっていた帽子がお気に召したらしいのです!"私なんか10個も帽子持ってるんだけど、どれもダメなのよー。良さそうな帽子ねー、どこで買ったの?"。なんと、京王デパートのセレクション、アメリカのおばちゃんの心も掴む!!"日本で買ったんです"。おばちゃん、ちょっとがっかりしてました。
我が家はPalo Altoの西端に位置しています。アパートの敷地は小川に隣接していて、その小川の向こうはもうMenlo Parkです。Violetと連れ立って、人一人がすれ違えるぐらいの小さな橋を渡ってMenlo ParkのFarmer's Marketに行ってみました。住宅地を抜けて行くので、車の通りも少なくスイスイ〜。10分ほどで到着です。
日本風のなすは、スーパーでは見かけたり見かけなかったりですが、ここで発見。少々熟れ過ぎの感もありましたが、それはそれでよいのです。産直ですから。トマトは完熟、ジューシー。ズッキーニは5本で$2。不格好だけど、ただ焼いて食べたら、甘みのしっかりしていること!他にもインゲンやブラウンマッシュルームなどを買い込み、しめて$10ほど。リュックに背負ってえっちらおっちらと帰って来ました。
日本のガソリンスタンドではガソリンを入れてもらえるだけでなく、窓も磨いてもらえるし、ゴミも捨ててもらえますが、こちらではセルフサービスが基本。ガソリンは自分で入れて、代金はその場でカードで支払います。窓ふき用のモップもそこに備え付けられていて、ガソリンを入れている間にご自由にどうぞ、というしくみ。外に立ってるお店の人なんていないから、スタンド自体はがらんとしたものです。現在、パロアルトの周辺でのガソリンの値段は1ガロン(約3.8L)$3.05〜3.55くらいでしょうか。日本のようにサービス満点のスタンドもあるようですが、当然サービス分はガソリン代に‥‥。(利用経験無し)今日は$3.079のスタンドで給油できました!
Stanford shopping centerの植え込みは、いつも美しく手入れされています。カリフォルニアの日差しのせいでしょうか、このダリアの花も12cmくらいの大きさです!
今日はハロウィン。ESLのクラスでは各自カボチャを持参し、お化けカボチャ、Jack-O-Lantern(ジャック オー ランタン)を作りました。まずは上部に穴をあけ、そこから中身を取り除いた後、カボチャにマジックで顔を描き、マジックの線に沿ってナイフで穴をあけます。オレンジのカボチャは日本で食べるカボチャより皮が柔らかく、細工は思うほど大変ではありません。先生に借りたカボチャくり抜き用の、のこぎりを小さくして歯を丸くしたような専用ナイフでひょいひょいっと穴をあけることが出来ました。中身もすかすかで、種もスプーンを使って容易に取り除けます。作ったジャック オー ランタンを机にずらっと並べて待っていると、教室に隣接した保育園からスーパーマンやインクレディブル、カウボーイ、お姫様に仮装した子供達が列をなしてやって来ました。ちなみに、カボチャの後ろに立っているキラキラヘアーの女性が私たちのESLの先生、その左の二人は仮装して来たESLの生徒です。子供達は私たちの歌うハロウィンにちなんだ英語の歌を聴いた(聴かされた)後、それぞれが持っている紙袋にお菓子を貰って次なる場所に向かって行きました。
毎週金曜日はヘンリーガン高校でのボランティアの日です。一昨日はいつものロバの辺りから小雨が降り始めました。ロバ小屋から高校までは5分ほどの距離、フード付き防水ジャンパーを着ていたのでほとんど濡れずに到着しましたが、これから続く雨の季節、いつもそううまくいくとは限りません。この季節に備え、1ヶ月くらい前から週末ごとに、学校までの車の運転の練習を重ねておりました。本日、ついに自分一人で行って来ました!一人で車を出したのは実に11年ぶり。
ヘンリーガン高校までは、地図でご覧の通り、1回右折した後、左折を4回。簡単そうでしょ。そう、でも何事も最初はとっても勇気がいるんです。普段から車に乗りなれていない上に、10年以上運転してなかったんですから。あとは雨の日にワイパーとウインカーを間違えなければ大丈夫、かなー?さらに、万が一自動車で出動出来ない時(なんだそりゃ?!)のために、今日は自転車屋さんにも赴き、これまでついていなかった車輪の泥よけを自転車につけてもらいました。これで万全だぞ!
スタンフォード大学のI-centerでたまたまインド人の友人、Kに会いました。家に来ない?と誘ってくれたので、遠慮なくお邪魔し、お昼をご馳走になることに。お部屋にはインドからもってきたという装飾品が飾られていたり、インドの神様を祭った祭壇があったりして、ほのかにインドの雰囲気が漂っています。
さてさて、手際よく作ってくれたのはRoti(ロティ)というナンを薄くしたようなもの。まず小麦粉と水、少量の油をこねこねして生地を作ります。
生地をゴルフボールくらいの大きさに丸め、それを細いめん棒のような棒でひょいひょいっと器用に薄くのばします。
フライパンで両面を軽く焼いた後、網の上にロティを乗せるとあら不思議。ロティの表側と裏側の間に空気層が入り、風船のようにぷーっと膨らみました!
お皿にとって表面にバターを塗ります。お皿の一番上に乗ってる一回り小さいロティ、私が作らせてもらいました!見てると簡単そうなのに、やってみるときれいな○にはなりませんでした。
おかず(?)は作リおきのものを温めてくれました。お皿の右上はBhaji(バジ)、にんじん、タマネギ、インゲン、トマトなどなどの野菜を圧力鍋で煮込んだという料理。スパイスが利いていて辛めです。左上がChhole(読み方忘れました)、お豆の煮込んだもので、カレー風味。いずれもロティと一緒に食べます。野菜の旨みが凝縮していて、どちらも美味しいのです。左の手前はPapadという薄いおせんべいみたいなもの。胡椒がピリッと効いていて、そのままぱりぱり食べました。真ん中の小さなかけらはSukhadiというクッキーのようなお菓子です。
年が明けてから、KはI-centerでインド料理を教えるとのこと。ちょっと通ってみようかな。
先日はヘンリーガン高校まで練習のために車で行きましたが、今日は本番(?)でした。日本語のクラスは10時20分から始まりますが、何が起こるかわからないので、9時45分に家を出ました。自転車だと35〜40分(風の強い日のほうが明らかに時間がかかる)かかるのに、20分もかからずに無事到着しました。早く着いたので車の中で少しCDを聴きながら本を読んでいたのですが、このコンパクトな空間って結構居心地がよくありませんか?
無事にたどり着けた安堵の為にそう感じたのかも知れません。
さて、帰り道。他のボランティアさんの「気をつけてね〜」の声援に送られて高校を後にしました。フンフフンッといい調子で走っていたところ、前方2台前に路線バスが走っていました。この道で路線バスを見かけるのは初めて。なんとなく気をとられ、なんとなく後ろをついて走っていたら、あらっ、右折するはずの道より手前で右折レーンに入ってしまいました。あら、あらっ、あら〜。えーっと、この道はどこかしらと、きょろきょろしつつひとまず前進、どうやら見知った道であることがわかり、若干余分に走りはしたものの、無事に切り抜けることが出来ました。ほーーっ。やったねー。
↓今日のドライブのおとも
先週末、手作り好きのフランス人達が集って自分たちの作品を販売するというので行ってみました。会場はパロアルトのダウンタウン近く、なんとプール付きの個人住宅!
ビーズで作ったアクセサリーや写真立て、水彩画、ポストカード、陶芸、バック、ストール、子供服などが2部屋にディスプレイされています。どれも明るく美しい色使いで、見ているだけで楽しくなるような作品ばかりです。キッチンには手作りジャムがありました。イチゴ、ラスベリーと一緒に並んでいたのが、このGelee de Coings(クウィンスのジュレ)。売っていた方に、これは何?と尋ねたら、リンゴと梨の中間のような果物で、ゼリーも作れるしジャムみたにパンに付けても食べられて美味しい、とのこと。試しに買ってみました。
色はご覧の通り琥珀色。とろとろした蜂蜜のようで、花のようないい香りが漂っています。で、このQuinceとはいったい何者ぞ???
私はこれまで見たことがありませんが、マルメロのことでした。
Arizona Cactus Gardenまで散歩しました。場所を確認しないまま出掛けたのでぐるぐる歩いてしまいましたが、アパートから20分くらいのところにありました。サボテンの生えているところがあるとだけ聞いていたので、柵に囲われた植物園のようになっているのかな?と思っていたのですが、芝生の広がる公園(あるいはただの空き地かもしれません)の一角に、いろんな種類のサボテンがまとめて植えられているというところでした。選ばれたいくつかのサボテンには寒さよけと思われるビニールがかけられていました。選ばれていないサボテン達も寒いんじゃないかなぁ?
ここ数日は、じっとしてるとちょっと寒いけど、日中の日なたはほのかに暖かく、歩くととても気持ちのいい陽気です。
本日はヘンリーガン高校以外の場所まで運転しましたよ。行き先はカリフォルニア・アベニューのMollie Stone's Market。家からは車で15分ほどでしょうか、毎週ポストにチラシが入るので気になっていたのですが、行ったことがなかったのです。サンフランシスコ周辺に展開している地元スーパーですが、いつも行くスーパーには無いような日本のものが置かれていました。特に欲しいものはなかったので、買いませんでしたが。
(左端にペコちゃん、ミルキー!情報はココまで届いていない模様)
通りではこんなユニークな女の子にも会いました。
私たちが住んでいるのは、628世帯が集まる大きなアパートです。アパート内の植え込みはヒスパニックの庭師さん達のお陰で、いつもきれいに手入れがなされています。敷地の端っこから順番に、絶えず芝刈り、植木の刈り込み、花の植え替え、落ち葉集め等々が繰り返され、仕事が絶えることはありません。今日は枝打ちの日みたいです。表からはバチバチバチバチ、枝を落とす音。
しばらくすると、ガガガガーーーッツとものすごい音。
大きなトラックの後ろには、落とした枝を裁断するための車がセットで到着しておりました。
スタンフォード大学の構内にあるCanter Arts Centerには、Cool Cafeというカフェが併設されています。時々、ここでお茶をします。コーヒー、紅茶は$2です。サンドイッチやスープ、サラダなどがあり、どれも美味しそうです。
左端の白いパラソルの並んでいるところがCool Cafe。残念ながら、このところパロアルトは雨模様で、写真のような気持ちのよい青空というわけではありません。
こっちはもう少しピンク色。赤みがかった葉っぱも同時に芽吹いています。
どうやら桜って、 ずいぶんと種類があるようです。
先日Cool Cafeに出向いた時のこと。お天気は良いけどちょっぴり風が冷たいなーと思い、店内の席に座ることにしました。
・・・中でお茶を飲む人は誰一人おらず、がらーーんとして貸し切り状態。みなさん、戸外のお日様の下がお好きなようで。
4月8日の日曜日は、イースターでした。私には全くなじみのない祭日の一つです。Wikipediaによりますと、『基本的に「春分の日の後の最初の満月の次の日曜日」に祝われる』、『キリスト教の典礼暦における最も重要な祝い日で、十字架にかけられて死んだイエス・キリストが三日目によみがえったことを記念する。』日だそうです。イースター・サンデーはほとんどのお店が早じまいするか休業するようで、うっかりショッピングセンターに出向いたら、開いている店は1軒もありませんでした。また、イースターをはさんだ金曜日から月曜日まで、4連休になる会社もあるようですよ。
先月末にはイースターにちなんだアパート主催のイベントがありました。こちら会場の準備風景です。入り口にはイースターのシンボル、うさぎと卵。メインイベントは卵探しなので、卵を隠すための大量のわらを芝生の上に敷き詰めていました。子供達には楽しそうな日ですね。
日本ではテレビ無しの生活をしていたのに、アメリカでまず購入した家電製品はテレビ。
唯一の日本語チャンネルで放送されるNHK朝の連続ドラマ、日曜日の大河ドラマなどを楽しみにしていたのに、2月、突然その日本語チャンネルがケーブルTVから消えてしまいました。がーーーん。協議の結果、ケーブルテレビは解約して、郵便配達してもらえるレンタルDVD、Netflixの会員になりました。
今日は夫が夜に出掛けるというので、お友達とDVD上映会♪おしゃべりしながら夕飯を食べ、いただいたプリンに舌鼓をうちながらでろーんと映画を観る。なんと素晴らしい企画でしょうか。こういう遊びに付き合ってくれる友達がいるというのも、本当に有り難いことです!
先月、労働許可証(Employment Authorization Document)を取得しました。J-1ビザでアメリカに滞在している者の配偶者、J-2ビザの所持者は、この労働許可証を取得すると、アメリカ国内で働くことが出来ます。具体的に仕事のあてがあったわけではないのですが、とりあえず取ってみるか、というわけで、U.S. Citizenship and Immigration Servicesのウェブサイトと大学のI-centerのウェブサイトを見て、更にすでに労働許可証を取得したお友達に教えてもらいながら、申請書とともに顔写真、ビザやパスポート、戸籍のコピーなどなどの書類を3月1日に管轄の事務所に送りました。
面白いなーと思ったのは、J-2ビザ所持者の労働は、生活費を補うためであってはならないという点です。つまり、「J-1ビザ所持者の給料が少ないから、J-2ビザ所持者も働く」という状況は、アメリカとしては認められないわけですね。なので、「夫は生活に十分な給与を得ているが、私が(←ココ重要)国立公園(でもどこでも構わない)観光に行きたいので、その費用のために働きたい、云々」という自己申告の手紙を同封します。趣味のことにかかる費用のため、とか子供の教育費のため、というような理由でもいいようです。
1週間くらいで書類を受け取ったとの通知があり、同時に申請料の$180が銀行から引き落とされ、3月31日には労働許可証のカードが届きました。労働許可証が届くまで2-3ヶ月かかるかな?と思っていたので、予想以上にスムーズで驚きました。
さてさて、申請料の$180、果たして取り戻せるか?!
アメリカに来て今日で一年が経ちました。不安と期待と、家財道具の詰まった9つの段ボール箱を抱えてサンフランシスコ空港に降り立ってから、一年が経ったのです。この辺りはアメリカの中でも格別に安全で住みやすいところだとは思いますが、それにしても、異国の地で一年間よくやった。(何を?と言われると、ちと困りますが・・・)日本にいる家族や友人、アメリカで知り合った友人知人に助けられ、励まされ、支えられ、夫と二人やってこられたのだと思います。感謝、感謝、感謝。
オーストラリア原産のbottlebrush、「ブラシの木」。咲いた状態はもちろんブラシのようですし、つぼみ(と言っていいのでしょうか)の開きかけた姿は、丸めた糸くずみたいでとてもユニーク。パロアルトはオーストラリアと気候が似ているようで、このブラシの木やユーカリの巨木があちこちで気持ち良さそうに育っています。
スタンフォード大学の卒業式が6月17日に終わりました。キャンパスは人影が少なく、静かに、落ち着いた様子です。
今の時期、Fermars' Marketには桃のお店が何軒も出ています。白桃も黄桃も種類が豊富!去年はアメリカの桃は固くてすっぱいものなんだと信じ込んでいましたが、どうしてどうして。つゆのしたたる甘くて美味しい桃もちゃんとあるんですねぇ。食べ比べると確かに味もそれぞれで、全部試食してみないことには自分の好きな、買うべき桃が決められません。値段はどれでも1ポンド(約450g)$3。大きさにもよりますが、1個$1〜1.50程度といったところです。
学年末や学期の始めにキャンパス内でよくみかけるこの大きな箱、最初は何だかわからなかったのですが、Door to Door Storageという会社のコンテナです。大きさは8ft×5ft×7ft ( = 2.4m×1.5m×2.1m)、1〜1.5部屋分の荷物が入るそうで、道端の駐車スペースなどに置かれて引っ越しに使われています。引っ越す人が自分でこの箱の中にどんどこ荷物を積み込んでおくと、トラックが取りに来て引っ越し先に運んでくれて、そこからまた自分で荷物を運び出すというわけです。先日、私達の住むアパートにも出現し、数日後、コンテナを回収しに来たトラックにもたまたま遭遇しました。フォークリフト持参(?)ですよ。しかもトラック、長過ぎます。
もともとこの会社は、家の物置に入りきらなくなった荷物を預かる貸し倉庫業が本業のよう。倉庫に入れちゃった荷物って、何十年もそのまんまにならないのかしら?(まさにお蔵入り?!)
モノっていつの間にやら増えてしまいますね。私は掃除や片付けが好きではなく、自分がコントロール出来るモノの許容量が多くありません。しかも一度手に入れてしまうと、今後10年使うことは無いだろうと思うようなモノでも捨てられない性格。そしてある日突然、片付かない空間にも、片付けない自分にも、モノに振り回されている状態に本当にうんざりしてしまう。その"うんざり感"を味わうのがとても嫌なので、"あってもなくてもいいモノ"はなるべく家の中に持ち込まないように気をつけています。それでもじわじわと増えるモノ達‥‥。あぁ、どうかこの先引っ越し以外で、Door to Door Storageのお世話になるようなことがありませんように。
昨日の夕方、例のチーチーが聞こえないことに気付きました。外に出てみても静かで、巣に気配がありません。どうやら2羽の幼鳥は巣立っていったようです。知らぬ間に店子に入られていたお隣さん、さぞや安心したことでしょう。
反対側のお隣のベランダに、別な鳥が新居建設中。我が家の窓辺からも資材を収集しています。小さな葉っぱのついた細い茎を、みんな持って行っちゃいました。(ひどく揺れた映像で、目が回っちゃうかも知れません。ご注意下さい。)
私たちの住むアパートには、これまで冷房設備がついていませんでした。このため、昨年heat waveに見舞われた際には、なす術も無く、ただじっーと窓の下で耐えていたわけです。そのheat waveを受けてかどうかはわかりませんが、昨年の秋から、アパートの各戸にエアコンを取り付ける工事が始まりました。何しろ600戸以上の世帯を抱えるアパートなので、東西に長い敷地の西側から始まった工事が今年の夏にまでに私たちの住む棟(中心よりも東側)にたどり着くのかどうか、過大に期待しないようにしていたのですが、ついに順番がまわってきました。
まず、先週末に工事開始のお知らせと工事の手順などが書かれたプリントが届きました。エアコンの取り付け位置が示され、その周囲のモノを片付けて作業のための空間をあけておくこと、家具を移動させるための人手必要な場合には、専門の運送業者が手伝います、とのこと。我が家はテレビとソファーをちょっと移動させて準備完了。さてさて、どんな工事が始まるんでしょう?!
工事初日。作業範囲が片付いているかどうか、確認する日です。朝10時頃、ドンドンドンと扉を叩く音で始まりました。最初は作業範囲が片付いているかどうかを点検する警備員さん。この警備員さんのお墨付きがないと、作業が始まりません。
次に、作業位置に印を付ける人とその人とペアの警備員さん。いきなりマジックインキで壁に印を付け、驚く私たちを後目に、ここのヒーターを外して、こっちに新しいエアコンをつけるからね、と説明し、この人の仕事はこれでおしまい。続いて来たのは、作業範囲に汚れ防止のシートを張るお兄さん2人組と警備員さん。幅が70cmくらいある巨大セロハンテープのようなシートを玄関から作業位置まで一直線にビビビーーーッ。その上を歩いて実際に作業をする壁際に近づき、その壁の下にもシートをぴっちり貼り付けていきます。当然、シートはカーペットの上に直接です。最後に別な作業員さんと警備員さんのペアがやって来て、作業場所が確保されていて、そこが保護テープで覆われている事を確認して終了しました。
全ての作業員さんは必ず警備員さんと一緒にやって来ます。留守宅の場合には、警備員さんが鍵を開けて必ず2人以上で室内に入ります。作業中はドアの外に「ただいま作業中」の札がかけられ、他の作業員や警備員、周囲の住人や帰宅した住人にもわかるようになっています。どうやらしばらく、このセロテープの部屋で暮らすようです。
エアコン工事は、月曜から金曜日の朝8時から夕方6時まで行われます。それじゃあ、その時間帯のうち、私たちの部屋には一体いつ作業員さん達が来るのか。それはわかりません。一棟全体を同時進行で工事するので、何時にどの部屋に行けるのか、工事をしている方にもわからないのでしょう。たとえ住人が留守でも、警備員さんと一緒に来て、合鍵で部屋を開けて作業をしていくので、大丈夫!というわけですね。とはいえ、私たちはそういうやり方に慣れていないし、朝ご飯を食べていたら突然やってきた、なんていうのは、ちょっと遠慮したいので、何となく気を遣います。
今日の作業は11時前からでした。やおら長い突っ張り棒を取り出し、なんと、作業範囲をビニールで覆ってしまう!中に入る作業員さんは防塵マスクをしています。昨日つけたマジックの印に従って、あっという間にウイィィィィン、バンバンバンと壁を切り取って(もぎ取って?)しまいました。どうなるのかなー、と思っていると、そそくさと突っ張り棒を仕舞い始め、持参の掃除機で作業範囲を吸い取り、「すぐ戻ってきて、塞ぐから」と言い残し、道具を持って一時退散。えっ、今日はこれだけ??じきに段ボール紙をもって再登場し、穴のあいた壁をその段ボールで覆い、ねじ釘で留めて、本日の作業終了。小一時間といったところですね。警備員のおじさんが「また来るよ」って言ってましたけど、「また」っていつですか?
これは、いままで使っていた暖房のスイッチです。真ん中の丸い部分が温度調節のダイヤルになっていて、時計回りに回していくと、室温よりも高い温度設定のところに到達した時点で、暖房のスイッチがカチッと入ります。我が家はこの冬に、多分2週間ほどはお世話になったかな。とにかく、今日の作業の主役は、このスイッチです。やたらと体格のいいお兄さんと、ちょこんとした警備員のおじさんとのペアが午前中にやって来ました。お兄さんは、このスイッチめがけて突進し、四角いケースをただ引っ張ってカパリとはずし、(このあたりの構造は、本当に”ちゃち”です)なにやら様子を見てから、暖房機に相当しているブレーカーを下げ、スイッチの中から白い10cmほどの電気線を取り出しました。そして何事も無かったかのように、スイッチをもとの姿に戻し、「OK」。正味15分といったところでしょうか?もう暖房機は使えなくなったんですね、きっと。「また来るよ」。でたっ。それって「明日」って意味ですか?
果たして翌日、11時頃に作業隊がやってきました。居間でウロウロしていても仕方ないので、いちおう警備員さんに「寝室にいるから」と声を掛けて引っ込みました。エアコンは居間に1台取り付けられるだけなので、私は寝室に確保した避難スペース(?)で過ごすわけです。作業の様子を聞くともなく聞いていると、何かが足りない様子。どうしてそんなことが起こるのかわかりませんが、とにかく、それは不可欠なものらしいのです。どうするんだろうなー?と思っていると、作業員さんの一人が、アパートから車で15分ほどのところにあるHome Depotに送り込まれたようです。Home Depotは、それはそれは巨大な日曜大工屋さん。日本人の想像をはるかに超えるアメリカ人の日曜大工ぶりが伺えます。そう、日曜大工ではなく、ただの大工ですね。小さな工具はもちろん、立派なドリルや材木の切断機、材木類やぺんきや電気関連のものはもちろんのこと、お風呂、トイレ、台所、玄関、窓と、家を始めとする”何か”を作るのに必要なありとあらゆる道具と材料が手に入る場所なのです。おつかいを送り出したあとも、ウィィィィン、ドンドンドンと作業は進んでいます。しばらくして、「ほらよ」とおつかい係のお兄さんが戻ったようなので、私まで一緒に安心しました。
何やらかにやらしていたのですが、ふと気付くと隣の部屋が静かです。あれ?帰っちゃったのかしら?そーっと、隣の部屋を覗いてみると、もう誰もおらず、あんなにうるさく音がしていたわりには、様子に変化がありません。一体今日は何をしたのだろう?
夜、帰って来た夫が、天井の穴に新たな電気コードが伸びているのに気付きました。黄色いコードです。今日は電気屋さんの日だったようです。そして彼らとって、住人がどこで、何をしていようが、全くどうでもいいことのようです。
土日は工事がありません。月曜日の12時少し前、本日の作業が始まりました。今日は何をするんでしょうね。いつも昼の12時から午後1時までは、作業が止まります。12時まであと少しだっていうのに、仕事を始め、今日はお昼をずらして作業を続行するつもりなのでしょうか。
。。。そんなことはありえませんね。12時になると、作業のお兄さんも警備員さんも道具をそのまま残していなくなってしまいました。けど、わずかの時間のあいだに、断熱材を取り除いたようです。結構仕事熱心。そして午後1時ちょうどに戻って来て、仕事を再開し、ついに壁にエアコン用の穴があきました!
穴自体は、さすがに仮の板で塞いであります。ここまできて初めて気付いたのですが、これまで、なすやピーマンの鉢を置いていた窓際の花台が無くなってしまったんですねぇ。仕方のないことだけれど、窓の真ん中で年中眺めていたので、ちょっと寂しい気がします。
前日は出掛けていたので定かではないのですが、平日にもかかわらず作業は無かったようです。工事の作業員さん達は連日10時から11時くらいにやって来ることが多かったのに、なんと、8時過ぎにドンドンドンと扉を叩く音。飛び起きて、返事をしました。すみません、今起きたとこです。
今日は2日前に開けた穴の周囲に枠をはめる日でした。枠、と言っても、上部のみが金属で、両側と下側は、なんというのでしょうね、ビニールテープの分厚くなったものを貼りめぐらしたような感じです。30分で終了し、次の家に行ってしまいました。あのー、どんどん作業を進めていただいて、結構なんですよ。そろそろエアコン本体が登場してもいいんじゃないでしょうかね?
お昼前に、がやがやと部屋にエアコンが運び込まれました。が、例によって例のごとく、もうお昼。午前中にアパートの各部屋に、エアコンを「運びこんだ」わけですね。「また来るから。」そうだよね、それはわかってるよ、私も。「心配しなくっても大丈夫、また来るから。そう、今日の午後に来られるかどうかはわかんないけど、でも明日には来られると思う。」そうだよね、やっぱりそうなんだよね。また来るけど、それがいつになるかはわかんないんだよね。わたし、今から出掛けるんだけど。。。「O.K.。鍵は開けられるから大丈夫。心配ないよ。」そうだね。。。
外から戻ったら、取り付けられていました!おぉ、やっとここまできたか。実質作業したのは7日だけど、作業開始から、もう2週間近く経ってます。
Day 7のあと、1週間、旅行で家を空けました。エアコン本体も所定の場所に取り付けられたわけだし、さすがにもう片付いた頃だろうと思いながら帰って来たのですが、甘い甘い。
玄関ドアの外には、未だ見慣れた作業表が貼り付けられたままでした。そう易々と事が運ぶわけはないのですね。以前のヒーターの吹き出し口は取り外され、大きく開けられた壁の穴は塞がれ、境目もわからないようにペンキできれいに塗り直されています。マジックで書かれたマークも当然、跡形もありません。絨毯に貼り巡らされていた巨大セロハンテープも撤去されていました。
が、コンセントのカバーがまだはめられていないのです。しかも、カバー自体は、テーブルの上に置いてあります。これって、あとは自分でやってね、ってこと?ひょっとして、もう終了した??頼むからハッキリ教えて下さい。
玄関ドアの外の作業表がはずされされないうちは、作業中に違いないと信じ、部屋のレイアウトを戻さずに待つことにしました。果たして2日後、いつもの作業員さんと警備員さんのペアが来てくれました。この作業員さんと警備員さんとは、わたし、もう仲良しです。ちゃっちゃとコンセントのカバーをねじで留めつけ、作業中にはがれ落ちた固まったペンキのかすを掃除機で吸い取り、全ての作業が完了した状態で写真を撮り、終了。これでほんとに終わりらしいです。お世話様、ありがとうー!
翌日。最終確認の視察がありました。エアコンの取り付け工事は終わりました、のお手紙が渡され、玄関の作業表がついに剥がされました。いや、ほんと、長かったですよね。だって、結局工事が始まってから完了するまで、23日かかってるんですよ。さすがにちょっと(だいぶ?)ビックリじゃありません?
EIAのパートナー、Jが家の庭でなったナシをくれました。去年はどういうわけだか大豊作で、100個じゃきかないほど穫れたとか。猛暑だったせいでしょうか?今年の出来は例年並で、60〜70個の収穫になりそう、とのこと。
ほんのり甘くて優しい味がしました。ごちそうさまでした〜。
今年は11月22日の木曜日が感謝祭、サンクスギビング、アメリカでは家族や友達と集まる大事な祝日です。昨年、英語の先生に教わってパンプキンパイを焼きましたが、今年はもっと手抜き、いえ、もっと手軽なパンプキンパイミックスの缶詰を見つけました。
パンプキンペーストに、すでに砂糖もスパイスも入っているものです。サンクスギビング直後の週末にスーパーで見つけたのですが、すでに値下げされていました。ラッキー!それでは、と冷凍のパイの台も買うことにしたのですが、これも値下げされている。ほんとにラッキー!このパンプキンパイミックスにエバミルクと卵を混ぜ、買って来た冷凍のパイの台に流し込み、オーブンに放り込んだら、あとは40〜50分待つだけ。数種類のスパイスを揃える必要がなく、非常に手軽です。
これが手作りケーキなのかと問われると、ちょっと答えに窮しますが、甘さ控えめで、ほどよく美味しいケーキが簡単に出来るのだから、ね。
いつの間にか最後の一切れです。
先日、友人家族と一緒に、クリスマスツリーの切り出しに出掛けました。こちらでは、ホンモノのモミの木を室内に飾る家庭が多く、近くの山には、好きなクリスマスツリーを自分で切ることのできる農園があります。購入する家族には、1. 好きな大きさ、種類の木を選ぶ。2. 自分たちで木を切る。という楽しみがあり、クリスマスツリー農家(と呼ばれているのかどうかわかりませんが)にとっては、木を切り出す労力を必要としない、というメリットがあります。木を切る時に、下から30cmくらい幹を残すのですが、その幹から出た枝がまた伸びて、立派なクリスマスツリーに成長しているものもあります。たくさんの家族連れが、あれでもないこれでもないと、好みの木を探して楽しそうに歩き回っていました。我が家はクリスマスツリーは買わなかったのですが、友人家族と一緒に木を選んだり、切り株を少し切らせてもらったりして楽しみました。
10月末に引っ越しをしました。理由はいろいろとありますが、ひっくるめてごく簡単に言えば、こちらでの生活にもだいぶ慣れてきたので、というところでしょうか。
私たちが引っ越し先を探していた矢先、前住人であり、ヨーロッパへの転職を決めた夫の同僚が、自分の住んでいたアパートを紹介してくれました。場所は、夫の研究室から直線距離で2kmほどの静かな住宅街の中。日曜日にファーマーズマーケットの開かれる通りまで徒歩圏内で、毎週末、ファーマーズマーケットで買い物をする我が家にとっては格好の場所です。部屋は2階建ての2階で、1階部分が駐車場スペースになっているため、必要以上に自分たちの出す生活音を気にしながら暮らす必要もなさそうです。間取りは、リビング、ベッドルームにキッチン、バス・トイレという、日本風に言えば、1DK。こちらで言うところの1Br(ベッドルーム)。ベッドルームには2ヶ所、クローゼットがついていました。リビングは、アメリカでは狭いというべきですが、私たちにとっては身の丈にあった広さで、逆にしっくりくる感じです。2面が窓になっていてとても明るく、風通しの良さそうなところも気に入りました。大家さんは隣接する母屋に住んでいて、気さくで明るく、感じのいい女性です。夫の同僚からも「非常にいい方!」というお墨付き(?!)でした。また、私が密かに心配していたのが、洗濯機問題なのですが、(この辺りの多くのアパートは、各戸に洗濯機置き場はなく、共用の洗濯室が設置されていています。世帯数の多いところでは順番待ちになることがあると聞いたので、それだと面倒くさいなー、と思っていました。)夫の同僚によれば、世帯数が少ないので、順番待ちしたことなんて一度も無いとのこと。家賃は私たちが想定した範囲の最低ライン、「この値段で見つかったら、本当にラッキー。」と話していたまさにその値段だったので、一も二もなく入居の申し込みをしました。家賃と立地条件を考えると、他にも入居希望者が殺到するのではないかと心配したのですが、実際に入居出来るのが2ヶ月以上先になること(今回アパート探しをした限りでは、貸す方も借りる方もわりとギリギリに動いている印象でした)、前住人である夫の同僚が紹介してくれたこと、恐らく私たちが一番最初に部屋を見学に行ったことなどが幸いし、トントン拍子に入居が決まりました。住むところが決まるというのは、本当に安心するものです。決まった時には、大仕事を終えたような気持ちになりましたが、実際したことと言えば、契約書に名前を書いて、保証金を支払ったことくらいです。
このアパートへの入居が決まる更に1ヶ月程前、以前住んでいたアパートの契約の更新時期まで、まだだいぶ間があったのですが、大学の学期の変わり目の人が移動する時期にアパートを探した方がいいかも知れない、と考えた私たちは、10日間で6ヶ所の部屋を見て回りました。悪くないな、と思う部屋もあれば、約束の時間に部屋を見に行ったのに、誰も部屋を空けに来てくれなかったり、やはり約束の時間に行ったら、もう決まった、とその場で断られたり、応募が殺到して強気になった大家さんに、突然、契約を一年ではなく、月ごとの更新にしたいと言い出されたり、小さなハプニングが続き、たった10日ですっかり疲れきって嫌になってしまいました。それ以降に約束していた部屋の見学は取りやめて、休戦していたところに今のアパートの話が舞い込んで来たのです。待てば海路の日和あり。どんなに必死になっても、うまくいかない時もあれば、すっと道の開けることもあるものです。焦ったあげく、妥協して部屋を決めてしまわずに良かったな、とつくづく思います。唯一心配なのは、西日が結構強く当たること。今の季節は暖房要らずで非常にいいのですが、夏になるとどうでしょうか?そのあたりの様子は、また来年の夏にご報告させていただこうと思います。
<←引っ越し先の近所にもトナカイが。昨年のトナカイの様子はこちら。>
さて、引っ越しについてですが。引っ越し先は、同じPalo Alto市内、5kmと離れません。荷物も多くないので、業者には頼まず、小型トラックを借りて自分達で引っ越しをすることにしました。
昨年渡米して以来、極力モノを増やさないように気を付けて暮らしてはいますが、こちらで買った食卓や本棚などの少しの家具、台所用品や食料品のストックなどが増えています。また、船便で日本から運んだ食器棚など、夫と私で運ぶのは心配だったので、引っ越し当日は、友人(男性)一人に荷物運びの手伝いを頼みました。荷物を詰める段ボール箱は、夫に研究室から貰って来てもらい、食器類だけは少し気を遣いましたが、それ以外はすぐに開けて使うものばかりなので、大雑把にボンボンと詰め込みました。
当日の朝は9時にレンタカーを借りるところからスタートです。レンタカー屋さんまでは夫と二人で車で行き、夫は借りた小型トラックを運転してアパートに戻り、私は新しいアパートに向かいました。部屋に掃除機をかけ、トイレとキッチンの床をさっと拭いてから前のアパートに戻ると、友人と夫がすでに半分以上の荷物をトラックに積み込んで、ひと休みしているところでした。残りもあっという間に積み終わり、三人で新しいアパートに向かいました。荷物の積み降ろしも、力持ちの友人のお陰であれよあれよと言う間に終わり、お昼前にはトラックを返しに行くことが出来ました。以前に住んでいた部屋は3階、新しく移った部屋は2階なので、荷物の移動は相当大変だったと思うのですが、友人には嫌な顔もせずに手伝いを引き受けてもらえ、本当に助かりました。
お昼はJeffrey's Hamburgersでハンバーガーを頬張りながら、しばし休息。その後、細々したものやゴミを残したままになっている前のアパートに戻りました。ゴミ捨て場と部屋を行ったり来たりしていると、玄関チャイムが鳴り、別のお友達家族が激励に尋ねてくれ、ご自宅での夕食に誘ってくれました。朝のうちに電話を外してしまっていたために電話が繋がらず、直接尋ねてくれたのです。なんと有り難いことでしょうか!ほとんどの荷物の移動は友人と夫まかせで、私自身は大したこともしていないにもかかわらず、すでにへとへとで、頭の片隅には「今日の夕飯はどうなるんだ?」とささやく自分がいたので、このお誘いには非常に救われました。しかも、お友達のお宅は新しいアパートのすぐ近く。歩いても行けるくらいのところです。ご厚意に甘え、伺わせていただくことにしました。そそくさと片付けを済ませて再び新しいアパートに向かい、最低限のものを段ボールから出しただけで作業を終了。その後には、お友達のところで心尽くしのおもてなしを受けました。
アパートが見つかり、無事に引っ越しを終え、どんなにほっとしたことでしょう。人のご縁に支えられて、乗り切ることが出来ました。助けて下さった皆さん、心配して下さった皆さん、どうもありがとうございました。
とっても可愛らしいお客様がやって来ました。夫の研究室の研究助手さんが飼い始めた子犬です。ただいま生後3ヶ月、一日だけウチで預からせてもらいました。まだ予防注射が終わっていないので、他の犬がいるかもしれない場所に連れて出ることは出来ません。アパートの周りを少し歩かせた以外は、一緒に部屋で過ごしていました。最初、クンクンと部屋中のにおい嗅ぎながら歩き回っていましたが、どうやら安全な場所と認定したらしく、気に入った場所でおとなしく持参の犬用ガムをかじり始めました。名前を呼ぶと振り返るのですが、そのあと日本語で話し掛けても、どうして名前を呼ばれたのか分からない様子でこちらを見つめ続けます。考えてみれば当然なのですが、彼には英語しか通じないのです。仕方がないので、話し掛けるのは止めました。ひとしきりガムをかじった後は、私が貸したタオルをお気に入りの場所に引きずって行き、他人の家にも関わらずかなりくつろいだ様子です。話し掛けずに静かにしていたら、グーグー眠ってしまいました。途中で郵便屋さんが荷物を届けに来てくれた時には、しっぽを振って出て行こうとしたものの、吠えることはありませんでした。お父さんは黒のラブラドール・レトリバー、お母さんはゴールデン・レトリバーとのこと。なでられても嫌がらず、人懐っこくておおらかな性格でした。夕方、飼い主の待つ研究室へ車で送り届け、お礼を言って子犬との一日はおしまい。トイレをしたそうな様子でウロウロしていることに気付いてあわてて外に連れ出すという、危機一髪な場面もありましたが、子犬のお陰でほんわかとした一日でした。
昨年のクリスマスイブ。ついに購入した一眼レフデジタルカメラが届くのを、今か今かと待っていました。お昼をだいぶん過ぎてから、誰かが階段を上る足音が聞こえ、「ついに来た!」と呼び鈴が鳴るのを待ち構えたのに、扉の外は静まり返ったままです。まさかなぁ、と思いながら玄関脇の窓から外を見ると、なんと!そこにはそれらしき箱が置き去りにされているではありませんか。カメラ本体+レンズと言えば、そんなに安いものではありません。どうして直接手渡してくれないんですか、UPS。じゃなかった、どうして受け取りサインが必要な便で送ってくれないんですか、販売店。そんなこと言ってる間に、写真なんか撮ってないでさっさと家の中に取り込むべきですね、私。
クリスマスの日の朝。いつものようにコンピューターのスイッチを入れ、メールをチェックすると、前日午後10時過ぎの時間に友人Y家の末っ子からメールが届いていました。
げんかんにSantaきてるよ!
ん?サンタは24日の夜中に来るんだから、25日の朝にならないと子ども達の手にプレゼントは届かないんじゃない?それとも、夕べのうちにもう何かを貰って、喜んでメールしてきたのかな?けど、何を貰ったとも書いてない。どういうこと?よくわからぬまま、朝食を食べ始めたその時。えっ?ひょっとして、げんかんってウチの玄関のことですか?!
玄関脇の窓から恐る恐る表をのぞくと、果たして、扉の外には紙袋!前日の午後10時と言えば、私たちは二人ともまだ起きていたのに、全く気付かなかった!
中には美しく包まれた手作りケーキとクリスマスカード。なんということでしょう!寒い中、車を飛ばし、「いひひ〜」と言っていたかどうかはわかりませんが、忍び足でここまでプレゼントを届けに来てくれたのです。Y一家の遊び心と実行力には、本当に参りました。Y家のみんな、ありがとう〜!!!
昨日見かけたのは、このアオサギ(Grey Heron)。キャンパス内を車で走っていて、一時停止で止まった時に目の端に入り、ひょっと見ると、そこに立っていました。体長が1mくらいあるのですが、杭のようにただじっとしています。案外間近にいて驚きました。駐車してからゆっくりと近付いてみたのですが、5mくらいの距離まで近付くと、アオサギもゆっくりと歩きだし、私が止まるとアオサギも止まる。それ以上近寄ることは出来ませんでした。身体の色調は青みがかった灰色で、頭部と両側の濃い灰色がアクセントになっています。私が近寄ったのが不愉快だったらしく(そりゃそうか)、首をS字に縮めて小さくなり、落ち着かない様子になったので、何枚か写真を取って、早々に失礼しました。
日曜日のお昼前、研究室に出掛けるという夫をアパートに残し、いつものようにファーマーズマーケットに出掛けました。野菜と果物は、たいていファーマーズマーケットで買っています。最近は買い物をするお店も決まっているので、ウロウロ迷うこともありません。ちゃちゃっと買い物を済ませ、アパートに戻って来ると、駐車場が空になっていて、どうやら夫は出掛けた様子です。
ん? そういえば私、鍵持たずに出掛けちゃったよ。あら、ひょっとして鍵かけて出掛けられちゃった? ええ、鍵持ってませんよ。ってことは、家に入れない? いやいやもしかしたら、鍵をかけずに出掛けてくれたかも知れないよ。そんなことを考えながら階段を上り、部屋の扉をがちゃがちゃしてみましたが、やはり鍵はかかっていました。いや、困ったね。ええっと、そうだ、大家さんちに合鍵があるんじゃないの? 私にしちゃ冴えてるぞ! 荷物を玄関先に置いて、勇んで隣の大家さんちに向かいました。が、果たして大家さんは留守。がっくり。携帯電話も持っていないし、夫の研究室の電話番号も覚えていません。夫の研究室までは歩いて30分ほどで行けますが、土日は建物が施錠されているため、たとえそこまで行ったとしても部外者の私は中に入ることは出来ません。いやぁ、困った。ええっと、メールメール、メールで夫に連絡するしかないから、メールしましょ、メール。
折悪しく、アパートの他の部屋の住人はみんな出掛けてしまっていて、パソコンを借りることはできず。とりあえず、一番近くかつ、夫の研究室の電話番号を知っているかも知れないと思われる友人宅に向かって歩き始めました。幸い、朝、ぱらっと降った雨は上がり、春が近付いてるんだな、と思うような暖かい陽射しです。いや、天気のいい日で良かったよ。10分ほどで友人宅についたのですが、残念ながらお出掛け中。気を取り直し、次に近いお友達のアパートに向かいました。5分ほどでそのお友達のところに到着すると、よかった、ご在宅。事情を話すと、休日の突然の訪問にも関わらず、さまよえる私をご夫婦で温かく迎え入れてくれました。助かったー。夫に緊急事態を知らせるメールを送ってほっとして、あったかい紅茶をいただきながら、お二人の鍵にまつわる武勇伝で励まして(?!)もらっていると、1時間ほどで夫から電話があり、車で迎えに来てくれました。はぁ、ちょっとそこまでのお買い物が、こんなことになっちゃって。
お友達ご夫婦と夫のお陰で、無事アパートに戻ることができ、本当に感謝です。これが寒い日で、雨なんか降ってたりして、あちこち歩き回らねばならなかったとしたら、どんなに心細く、みじめな気持ちだったことか。大変お騒がせしました & お世話になりました。これからは、何はさておき、鍵だけは握りしめて出掛けます。
が。
万が一の時には、どうぞ皆様、また助けて下さい。
また、困った事態が発生した時には、皆様どうぞ遠慮なく我が家にもSOSして下さい。
2月17日の日曜日、地元パロアルトでAMGEN Tour of Californiaなる自転車レースありました。Tour of Californiaは2月17日から24日までの8日間で、カリフォルニア州内650マイル(=1000km以上!)を縦断する自転車のロードレースです。近所でレースの宣伝ポスターを見かけた時には、何にも知らずに「地元のアマチュアレースかな?」と思ったのですが、どうやら世界のプロ選手の集まる本格的なレースらしい、ということがわかり、散歩がてら観戦に出掛けました。パロアルトでのレースは、翌日からの本格的なロードレースの前哨戦で、ダウンタウンからスタンフォードのキャンパス中心部までの2.1マイル(=3.36km)のコースで個人ごとの早さを競う、タイムトライアルレースでした。
レース開始の午後1時、スタート地点はかなり混雑した様子だったので、スタートから1kmくらいの地点で観戦し始めました。選手はピタピタの派手なウェアに身を包み、流線型のヘルメットかぶって音も立てずに走り去って行きます。後ろには必ずチームの自動車を従えていて、有名選手には中継用バイクも並走していたようです。時間差で1人ずつ走ってくるのですが、選手と一緒に観戦者の声援が近付いてくるので、「おっ、来た来た!」というのがすぐにわかり、カメラ小僧がシャッターチャンスを逃す心配はありません。ひとしきり写真撮影を楽しんでから、コースに沿ってゴール地点方面に向かって歩き始めました。沿道は観戦者で一杯で、人の波が途切れることはありません。ゴールはキャンパス中央にある楕円形の道をぐるりと回ったところです。この楕円は長径200m短径100mほど、道幅も狭く(といっても車道ですが)、後ろについてくる自動車やバイクはその手前でコースを離れ、競技者の最後の見せ場です。カーブのきついところでは、遠心力で道の端ギリギリ
を走る選手もおり、通過する時の風圧は予想以上で、まさに圧倒されました。選手達は、この2.1マイルのコースを4分前後で走り抜けてしまいます。だいたい時速50kmくらいの計算です。直線コースでは、もっとスピードを出しているということでしょう。優勝したのは、Fabian Cancellaraというスイス出身の選手で、タイムは3分51秒21。私たちが見ている間に走った選手でしょうか?写真を見直さなくては!
昨年末預かった子犬の世話係を一日だけ引き受けました。午前と夕方に近くの公園まで散歩に行き、夜7時にドッグフードをやるというお役目です。会うのは久しぶりだけれど、元気かな?
散歩に連れ出すために飼い主から預かった鍵で家に入ると、侵入者である私たちを怪しがる風もなく、嬉しそうにばたばたとしっぽを振って飛びついてきました。ん?この態度、番犬としてはどうなんでしょうか?私たちのことを覚えてくれていた、のでしょう、きっと。まだ成犬の大きさには至らぬものの、ずいぶん大きくなっていて、子犬はすっかり卒業です。
公園までは、犬が脇目もふらずに連れて行ってくれました。その公園の周囲はフェンスで囲われていて、犬が勝手に逃げてしまったり、知らない通行人に飛びついてしまったりする心配がありません。私が思いっきりボールを投げても平気なくらいの広さのところです。他の犬がいなかったので、ボール投げをして犬を走らせることが出来ました。夕方帰ろうとした時には、まだ少し名残惜しそうにしていたけれど、走らずにボールを投げるだけの人間の方が寒くなってきたので帰宅。あー、楽しかった。また一緒に遊ぶ機会があったらいいなと思います。
渡米して2年間、クローゼットの一番奥につり下げたまま、まったく出番のなかったフォーマルウェアに袖を通す日がやって来ました。この半年間、一緒に英語のレッスンを受けていた友人が、結婚式に招待してくれたのです。この友人ご夫婦、昨年日本で婚姻届を提出した後、式も披露宴もしていなかったので、帰国を前にこちらの教会で結婚式を挙げることを決めたそうです。
式はサンフランシスコからゴールデンゲートブリッジを渡ってすぐの小さな港町、サウサリートの住宅地の中にあるこじんまりとした教会で行われました。周囲の自然にとけ込んだたたずまいの、窓ガラスのシンプルな格子が印象的な教会です。
新郎新婦は、牧師さんと20人ほどのゲストに見守られる中で指輪の交換をし、オルガンで演奏された結婚行進曲と
ゲストの拍手に包まれて、とても嬉しそうでした。引き続き、近くのレストランで行われた昼食会は、お二人の人柄の溢れる和やかな会で、私たちも他のゲストの方達とともに楽しい時間を過ごしました。
この日、私は新婦の友人としてスピーチ(日本語)をするという大役を仰せつかっており、そのことで頭が一杯だったためか、なんとカメラを持たずに出掛けてしまいました。あぁ、痛恨!その分しっかり、新郎新婦の姿を脳裏に焼き付けたつもりですが、やっぱりちょっと残念です。
お土産にテーブルフラワーを戴きました。その中のヒアシンスが、今も優しい香りを部屋に漂わせていて、可愛らしい新婦の姿、仲良く並んで微笑む新郎新婦を思い出させます。お二人は今まさに、日本に向かう機上の人。どうぞ、末永くお幸せに。
<←暑さで伸びきっていた隣のネコ>
先週火曜日から、熱波が押し寄せていました。12日(月)は、最高気温 22℃、最低気温 7℃だったのに、火曜日からは最高気温が連日30℃を超え、15日(木)には、最高気温 37℃、最低気温 20℃という記録的な暑さ、一昨年の夏を思い出しました。昨日、19日にはすっかり一段落、最高気温 20℃、最低気温 12℃ と快適です。
少し大きめの郵便物を郵送したくて郵便局へ行ったときのこと。局内に入ると、窓口には10人くらいの列が出来ていました。開いている窓口は2つ、混んでいるから急いで仕事をする、というような考えが係の人達に思い浮かぶことは全く期待できませんので、10〜15分は待つことになりそうです。急いでいたわけではなかったのですが、 待つのは面倒くさいなぁ・・・と思いながら立ち止まったすぐそこに、この自分で操作して郵便料金がわかる量りがありました。恐らくこれまでもそこにあったのでしょうが、存在に気付いていませんでした。
銀色の台に郵便物を乗せると、まずは重さがわかります。そのまま、封筒・小包、普通・速達、国内・国外(送り先の国)、保険をかけるかどうか、などなどの情報を順番にボタンで選んでいくと、それに従った郵送料が表示されるのです。私は郵便物の重さがわからなかっただけなので、「大きい封筒+普通郵便」を選んでおしまい。あらっ、簡単。手持ちの切手があったので、それらを組み合わせて指示された料金分を封筒に貼り、ほんの数分で郵便局の外にあるポストに投函できました。
窓口でなければ済まない用事もありますが、今回のような単純な用件にはとっても便利、時間も得した気分です。
昨年、今住んでいるアパートに引越してきた頃、窓から部屋に差し込んでくる西日がかなり強かったので、夏場にどうなるのか心配していました。
このところ、最高気温が30℃前後なので、暑いには暑いのですが、西日は全く問題がありません。朝だけ、東側の窓から少し光が差し込みますが、通常どんなに暑くなっても朝晩は冷えるので大丈夫。日中はもちろん夕方になっても西側の窓から直射日光が差し込むことはないのです。案外(というのも失礼ですが)うまく建ててあるようです。
7月4日はアメリカの独立記念日でした。独立記念日と言えば打ち上げ花火、ですが、今年、スタンフォード恒例の花火大会は、火災防止のため中止。今年、我が家で一番独立記念日らしかったものは、英語の先生お手製の、大胆な色使いのゼリーです。口に入れるのにちょっと勇気が要りましたが、食べてみるとほのかに甘い、ごくごく普通のゼリーです。猛暑の中、ひんやりと美味しくいただきました。
7月初めの週末、隣街Menlo Parkのestate saleに出掛けました。
Estate Saleは、家を売っているのではなく、家の持ち主が亡くなったあと、その家で調度品から生活用品、物置の中身まで、すべてを売り出すセールのこと。こちらでは時々張り紙を見かけたり、話に聞いたりしていたのですが、実際に行ったことはありませんでした。しかも、こちらで長く暮らす方のお宅にお邪魔する機会ってあまり無いので、興味津々です。
目当ての家にはご覧のように"ESATE SALE"の張り紙があり、すぐにわかりました。玄関を入ると、セールの仲介業者の人がレジスターの前に座っています。レジスターの隣には、ショーケースに入れられたアクセサリー。わー、売ってる売ってる。「Estate Saleに来たのは初めてなんですけど…。」とおそるおそる尋ねると、「家中全部、好きにみていいから。値段がついてないものは聞いてね」とのこと。確かに、先客が家の中をうろうろしています。1階にあるリビング、ダイニング、キッチンには、戸棚や収納家具にしまわれていたであろうあらゆるものが広げられていて、引越し最中の人の家にお邪魔してしまったような感じ。2階のベッドルームは、今も誰かが住んでいるかのようにベッドメイクもきちんとされていて、本棚には本が並び、窓際に小さな机が置いてあったりします。何十年もこの家で暮らしていた家族がいたんだなぁ、と思うと、ちょっとしんみりした気持ちになりました。そのうちの1部屋では、天蓋付きのベッドを購入した家族が、そのベッドをばらばらに外して、部屋から外に運び出そうとしているところでした。家の中身を全部売るという売り方も豪快だと思うのですが、実際に買って行く人がいるんですねぇ。
家の中をじっくり二周くらいしたのですが、こちらのお家にお住まいだった方は、私とはちょっと違う趣味で暮らしていたご様子。けれど、せっかく来たのに何にも持ち帰らないというのも寂しい。部屋の隅に置いてあったこの小さいスツール、しっかりした作りで色合いも落ち着いているので、植木を置くのにいいんじゃないかと思い、連れて帰ってきました。$3なり。
先月のある日、見覚えのある家の写真が印刷された絵はがきが届きました。今住んでいるアパート近くで売りに出された家の広告でした。
この辺りの家は、玄関先にちょっとした前庭をしつらえ裏庭を広く取り、そのちょっとした前庭にはきれいに刈り込まれた芝や季節ごとの花が植えられたりしているのが常なのですが、今回売りに出された家は、前庭を広くとっている割には草ぼうぼうで、古びた小屋といった風情の家屋が敷地の一番奥にこじんまりと建ってるという、ちょっと周囲とは趣きの異なる家でした。散水機に頼ってきれいな芝を維持しているこの地域で、その前庭の放ったらかしっぷりはむしろ潔いように思い、だらしないとも言えるその家は私のお気に入りだったのです。
それがある日、ぼうぼうだった草がこざっぱりと刈り取られ、「あれ、どうしたのかな?」と思っていたら家の前には近日売り出し予定の看板が立ち、「へぇ〜、売りに出すんだ。」と思っていたら絵はがきが届き、とある週末にオープンハウスが開かれたと思ったら、数日後には売り出しの看板に「SOLD」の看板が追加されていました。人の家のことながら、あっという間の出来事でちょっと驚いてしまいました。ちなみにこちらのお宅、敷地は700㎡弱(約210坪)、奥のこじんまりとした家は広さ約72㎡、ベッドルームが2つ、バスルームが1つ、暖炉付きのリビングダイニングとキッチンで、築90年だそうです。お値段はと言いますと$1,250,000。$1=¥110で計算すると、1億3750万円ですね。とーってもいいお値段ですねぇ。
広告には、手前の空いている敷地に好きな家が建てられます、という宣伝文句がついていました。Palo Altoあたりで流通している一軒家は、こちらのお宅程ではないにしても、築何十年といういわゆる中古住宅がほとんどのようなので、自分の好みの家が建てられる、というのはそれを望んでいる人にとっては滅多にないチャンス、密かに人気なのかもね、我が家では話していました。私は勝手に、あの家を買った人が、大きくて立派な家をどーんと建てたりせずに、あの放ったらかしの前庭の奥で、あの肩の力の抜けた小さな家にちょっと手を加えた程度で住み続けてくれないかなぁ、と願っているのですが。
気がつけば、旅行から戻ってからほぼひと月が経っています。なにやら忙しく、印象を綴るのみに留めた旅行の記事にも時間がかかってしまいました。
毎日何をしていたかと思い返してみると。
まずは旅行中、お友達二人に預かってもらっていた我が家の鉢植え全10鉢を迎えに。我々の旅行中パロアルトはかなりの暑さで、お二人をずいぶんはらはらさたようでした。お陰さまで、預けられ先のお宅でそれぞれかわいがってもらっていた鉢植え達は、みんな元気。お世話になってありがとうございました。鉢植え達には留守番のご褒美に、液肥をやりました。
それから自転車。この4週間で9日乗ったので、平均すると週2日、平日と週末に各1日といったところです。1回の走行距離も長くなって50km程度。4月以来の総走行距離は、1880kmを超えています。東京から鉄道をたどった距離でいうと、西は九州上陸後、九州新幹線の終点鹿児島駅までは約1350kmでした。北へは八戸以北はくねくね走る在来線をたどり、札幌 (1148km)、旭川 (1285km)を経て日本最北の鉄道駅、稚内までは1544km。いずれも通過しました。
それからボランティア。地元の高校は8月末から新学期が始まりました。今年度も日本語のクラスのお手伝いを続けています。日本語を学び始めて4/5年目(中学校からの通算年数)の生徒達のクラスに行き始めました。クラスの2/3は去年から顔なじみの生徒達、それ以外は6-7人なので、じきに名前が覚えられそうです。
それから週1回は英語のレッスンに通い、週1回はEnglish speaking partnerと会い、それらの合間をぬって、友達と集まったり、出掛けたり、ブッククラブ(今月の課題図書は、NHKの大河ドラマに影響され、宮尾登美子の「天璋院篤姫」でした。)があったり、盛り沢山な一ヶ月でした。
もう一点、何となく時間を潰してしまう要因として、TVあるいはDVDを付けっぱなしに出来るようになったことが挙げられるかと思います。渡米後長らく、英語のTV/DVDは、映像を頼りに、集中して聞くか字幕(英語)を追うかしないと話が分からず、ほどなく疲れて消すのが常でした。ところが、最近つけっぱなしにしている北京オリンピックの再放送などは、それぞれの競技についての専門家が、大衆にわかりやすく解説しているわけで、これは私が聞いてもわかりやすい。「ながら聞き」も可能で、出掛ける用事でもない限りなかなか消せません。映画やドラマのDVDにしても、以前は字幕を読むのが間に合わなくて、途中で止めたり戻ったりしていたのですが、このごろは聞いて理解出来る部分が増え、また話の筋がわかる限りは、たとえ言っていることがわからなくても気にしない術も身についてきた為に、連続視聴が可能です。
ただ、聞くのと同等に話せるわけではないのが辛いところ。この「ながら聞き」能力は、今後何かの役に立つんでしょうか???この先の経過に期待、です。
Al's Nurseryから持ち帰ったシュウメイ菊のつぼみを水枯れさせてしまいました。ウチに来てからも葉っぱが沢山出てきていたので、いい調子、と思っていたら、とある非常に暑い日*にしんなりし始め、ご覧の有様。シュウメイ菊は水が大好きだったらしい。あぁ、残念。元気に残っている株からまたつぼみが出て来てくれないかなぁ。ダメかなぁ。。。
*追記:10月になってからも、最高気温が20℃後半になる日が時々やってきます。去年もこんなだったかなぁ?
今春帰国した友人からミニ胡蝶蘭を引き取って、育てている。手間がかからず、花持ちが良いためか胡蝶蘭はこちらでは人気で、スーパーやファーマーズマーケットで色とりどりのものが、手頃な価格($5〜)で売っている。
5月の始め頃に新しい葉っぱが成長し始めたのと同時に、根元近くから新芽のようなものが出始めた。(写真左下。現在8cm)「これが花芽なの?こんなに簡単に咲いちゃうわけ?」と驚きと期待をもって見守っていたのだが、どうも成長がゆっくり。う〜ん。我が家の環境があまりお好みでないのだろうか。
10月になって、5月に出た"芽"の近くから、さらに3つ新芽のようなものが出初めたのだか、そのうちの1つがなぜか下向きに成長している。ここに来て始めて「ひょっとしてこれは"芽"じゃなくて"根"なのか?」という疑惑が私の中に浮上した。しかし残りの2つのうち、1つは上向き、もう一つはほぼ水平。まだ諦めるのは早い、もうちょっと様子を見ようではないか。
数週間経っても、これといって決定的な変化は見られない。というか、もともとどういう状態のものが花芽でどういう状態のものが根なのかを知らないから判断できない、という事実に気付いた。トロすぎる。ここに至って初めてgoogleした結果、はい、これらは立派な根っこですね。
根っこの成長が盛んなのは株が元気な証拠だろうし、花芽が出るのは11月くらいかららしいので、諦めることはない。明日にも花芽が出始める、かも知れないもの。
友人に誘われ、再びestate saleに行って来ました。
今回も場所はPalo Altoの隣町、Menlo Park。前回訪れた地域よりも裕福そうな地域でした。日本贔屓の方がお住まいだったようで、壁に小さめの屏風がはめ込んであったり、柱と柱の間に欄間が飾ってあったり、日本の古いものを上手に取り込んで暮らしていらしたご様子です。
< ← リビングとはまた別のお部屋です。>
リビングに並んだソファーや椅子の数々は、茶やベージュの落ち着いた色合いの、作りのしっかりしたものばかりで、好みのものを選び、大事に使っていたことが伺えます。それらの家具や生活用品につけられた値段は非常に良心的なもので、置く場所があれば連れて帰りたいと思うようなものもありましたが、我が家にはすでに一通りの家具が揃っているうえ、しまっておけるような場所もありません。残念無念。大モノは無理なので、くずかごになりそうなかごを一つ抱えて帰ってきました。$2なり。
今住んでいるアパートに引っ越してきたのは去年の今頃で、アパートのそばのこの通りの街路樹は同じように黄色く、通りの端には同じように落ち葉が沢山たまっていました。この通り、今の時期もいいし、小さな緑が芽吹き始める時期もいい。緑の濃くなってきた時期もいいのです。近くにお気に入りの通りがあるって、いいものです。
今日、11月の第4木曜日はターキー+クランベリーソースとパンプキンパイの日、サンクスギビングです。今年もまた、英語の先生と一緒にパンプキンパイを焼きました。月曜日のレッスン時に突然、「大変よ!パイを焼く日を決めてなかったわ!もう、今日か明日の夜しか空いてる時間がないわ!」と言い出し、急遽、先生ともう一人の生徒さんが火曜日の夜に我が家に集結しました。先生、外国人である私達と一緒にパンプキンパイを焼くことに使命を感じているようです。
パンプキンペーストの缶、濃縮ミルク、砂糖、各種スパイスなどは先生が持って来て下さり、私は卵とパイシートを供出。例年通り、ボールの中に全ての材料を次々入れて混ぜるだけ。混ぜて混ぜて混ぜて、その混ぜたものを解凍したパイシートに流し込んだら、オーブンに放り込んで、あとは待つこと約1時間。帰宅した夫も交えておしゃべりしながら待っていると1時間はあっという間です。先生は、東海岸の大学に進学している二人の子ども達が帰ってくると言って嬉しそう。何度か焼け具合をチェックして、先生のOKが出たところでみんなで熱々のパイを試食。「ウチにはもう沢山焼いてあるから、二人で分けてちょうだい。」との先生の仰せに従い、残りのパイを2つに分けて、パンプキンパイの会、無事終了です。
私達にとって三度目のサンクスギビング、先生のお陰でサンクスギビング=パンプキンパイ、がしっかりと刷り込まれています。
何かホリデーらしいことを、と、友人と一緒にリースを作りました。
材料は、拾い集めた小枝や木の実。この枝は使えそう、これじゃ太すぎる、赤い実が欲しいんだよ、と、キャンパス内をうろうろ。いつもその辺に転がっている松ぼっくりも、いざ拾うとなると、形やら大きさやら、なかなか程よいものに出会えません。大きいもの、小さいもの、丸いもの、長いもの、笠の開いたもの、そうでないものと、いろいろなのです。小枝しかり、赤い実しかり。しかも、当然ながら地面に落ちているものでなければ拾えません。2時間くらい歩き回って、袋一杯の材料候補を収集しました。それらを適当に組み合わせ、枝に蒸気を当てながら曲げて輪っかにし、ところどころを麻ひもでしばって、ボンドで木の実を留めました。リボンはやっぱり赤が映えるようです。ああだこうだ言いながら、はい、完成。見栄えはお店で売っている立派なものに敵いませんが、自分達で作るのはとっても楽しい。ホリデー気分が盛り上がるプロジェクトでした。
リース作りが非常に楽しかったので、調子に乗って雪の結晶の飾りも作りました。作りました、と言っても、コピー用紙を折り畳んで切ってテープで窓に貼っただけ。一段と簡単なのに、これまた楽しい。
デザインはこちらからいただきました。
2008年最後のビッグイベントは、自転車仲間との忘年会でした。ダンジネスクラブを一人一匹づつという豪華な会。各家族、キッチンばさみを持参。なぜか人数分のカニフォークがあり、無心にカニをほじります。うん、甘くて美味しい。
今年一番の出来事は、何といってもロードバイクに乗り始めたことです。抜けるような青空の下、風を切って走るのはとても気持ちがいいうえ、自転車がご縁で沢山の素敵な仲間と出会い、楽しい時間を一緒に過ごしました。お腹を空かせて、美味しいものも沢山食べました。秋以降、自転車に乗るペースは落ちていますが、4月中旬からの7ヶ月半の総走行距離は2365kmになりました。
それからブッククラブ。メンバーが選んだ本を毎月一冊づつ読み、ああでもないこうでもないと話し合う集まりです。5月から始まったこの会のメンバーは、歳もキャリアもばらばらですが、皆、率直で飾らない人柄の方ばかり。ただ本を読むに留まらず、毎回多いに刺激を受け、多様な事柄を学んだり考えたりするきっかけになっています。
これら以外にも、この先もずっと大事にしたい出会いに恵まれました。たくさんの出会い、なんだか有り難いなぁ。
2008年も残すところ2時間半、多くの友人達と家族に支えられ、無事に終えることが出来そうです。
皆さま、どうもありがとうございました。
1月13日から1週間、友人が遊びに来てくれました。日本の美味しいものを携えて。彼女が来てくれたのは一昨年の11月以来で、私達が渡米してから3度目です。昨年1年間をニュージーランドで過ごし、多くを経験した彼女からは聞きたいことが沢山ありました。
今回の一番のイベントは、冬のヨセミテ国立公園を訪れたこと。冬のヨセミテはどんなだろう、と思いながら、車を走らせました(夫が、ですが)。私達が訪れた少し前から暖かい日が続いていたこともあり、雪に閉ざされて寂しく静まり返っているという風はなく、観光客がちらほら、程よく静かな様子でした。おぼつかない足取りで雪道を少し歩いたり、写真を撮ったりしながら過ごしました。
あとは、近場をうろうろしながらおしゃべり。一緒にパンを焼いたり、近所の園芸店やIKEAを覗きに行ったり、噂のフローズンヨーグルト屋さんに立ち寄ったり。スタンフォード大学でたまたま行われた、iPS細胞で知られる山中伸弥先生の講演会も聞きに行きました。合い間にしゃべる、しゃべる。 そうそう、彼女が持ってきてくれたニュージーランドの映画、"Second-Hand Wedding"のDVDも、一緒に観ました。ガレージセールめぐりが趣味のお母さんとそれを暖かく見守るお父さん、そんな二人の娘の結婚にまつわるいろいろを通じて、ニュージーランドの生活の一部を垣間みることの出来る、あったかいお話でした。
気持ちのよい青空にも恵まれ、彼女のお陰で楽しい1週間を過ごしました。
遊びに来てくれてありがとう! また来月会いましょうね。
友人の焼いたチーズケーキの写真があまりに美味しそうだったので、ねだって焼き方を習いに押し掛けました。クリームチーズ、サワークリーム、玉子、砂糖、レモン汁とひたすら混ぜていくんだけれど、何というか、とにかく丁寧なんです。私だったら、多少のダマダマなんて気にせず進んじゃうんだろうなと思うんだけど、しっかり滑らかになるまで混ぜる混ぜる混ぜる。型に流した後、表面に浮いてしまった小さな泡は楊枝で潰す。こうして一つ一つの過程をしっかりやると、最後に美しい仕上がりになるのね。まだ冷め切っていないうちはふわふわ、しゅわっとした舌触り、しっかり冷やしてから食べるとしっとりした食べ心地でした。もちろんいずれも美味、です。
ところで。この日、渡米3年目にして初めて、サンフランシスコ湾側のフリーウェイ、101号線に一人で乗りました。以前に一度、間違って乗ってしまったことがあるんだけれど、その時には夫が助手席にいたし。そういえば、初めてフリーウェイを運転したものサンフランシスコまでチーズケーキを買いに行きたい一心だったな。もしかして私って、ものすごくチーズケーキ好きなのか?
暑かった〜!昨日、一昨日と久々に熱波が襲来しました。Palo Altoの一昨日の最高気温は101°F(=38℃)。昨日の最高気温は96°F(=35.5℃)だった模様です。私達のアパートにはエアコンが無いので、まさに我慢大会。午後からの西日に熱せられた壁はほかほかになって、日が落ちたあとも熱を室内に放出し続けます。昨日は午後3時に滴り落ちる汗が止まらなくなり(< サウナ?)、夜まで夫の研究室に緊急避難しました。
このところ日も短くなって、夜の8時には暗くなるし、日差しの角度も明らかに低くなったし、空の青さも真夏とは違って、少し白っぽい青になってきたので、もう秋になってしまったか、としんみり思っていたところで、この暑さ。いやー参った、参った。
今日はまた涼しさが戻りました。ほーっ。
私達が引っ越して来た2年前から、隣のアパートの軒先に、このチョウチョの形のかごがぶら下がっていました。最初は、ただの飾りなのかと思っていたのですが、去年の春先に鳥が巣を作り出したのを見て初めて、これが鳥の巣なんだと気付きました。ただ、その鳥達、途中で気が変わったのか、引っ越してしまったようで、長らく空き家のままでした。先月下旬に、ピーピーピーピーという小さな鳴き声に気付き、どこから聞こえるのかと思ってこっそり窓の外を偵察していたら、なんとチョウチョの中にヒナがいて、親鳥達がエサを運んでいるではないですか。ヒナたちは、親が飛んで来ると我先にと声をあげ、飛び去ると同時にぴたりと泣き止みます。鳴き声が日に日に大きくなるので、そうかそうか、お前達、大きくなるんだぞ、と心の中で声援を送っていました。ところが。8月最後の猛暑のあと、一息ついたところでふと気付くと、鳴き声が全くしないのです。親鳥がやって来る気配もありません。確かに、あの暑さの中では私も息をしているだけで精一杯、ついにはそれも厳しくなって研究室に避難したわけです。小さな鳥にとってみたら、更に厳しいものだったんでしょう。大きな口を開ける姿をこっそり見るのが楽しみだったのにな。
葉っぱにそっくりなバッタを見付けた。案外大きくて、6-7cmはありそうだったな。すんごい葉っぱっぽいのに、それとは全く違う形の葉っぱにとまっているもんだから、ひどく目立ってた。こんな具合。
Safのインスタントドライイースト、失敗なしに膨らんで上手にパンが焼けるので、日本で愛用していました。仕事の終わった土曜日の午後に、粉類と水を量ってパン生地を捏ね、ぼんやりしながら発酵を待ち、香ばしいほかほかのパンが焼き上がる。焼きたてにバターとジャムを塗って、口に運ぶ。週末の入り口の気分転換でした。こっちにきてから同じドライイーストを近所で見つけることが出来ず、友人と「無いよねー。」と話ていたのですが、その友人が2ヶ月ほど前にバケーション先のタヒチで見つけ、私にもわざわざ一袋買って来てくれました。嬉しい ♪ 早速、久しぶりにパンを焼いたのはいいけれど、余りに久しぶりだったので塩を入れ忘れ、微妙な味に。でも、ふわふわ具合は私の好きな感じ。この袋ね、500g入りなんです。100回くらい焼けるのかな?相当期間楽しめそうです。
先週は日中暖かく、植木いじりにはもってこいの陽気が続いていました。玄関先の植木の世話をしながら、玄関の扉を開けっぱなしにして出たり入ったりしていたところ、突然ウィンウィンバタバタと騒々しい。何、何、何?と音のする方へ駆け寄ると、宙に浮いた小さな鳥が部屋の中から必死にガラス窓をつついてます。えっ?ハチドリ?なんでウチの中にいるの?あまりに驚いて一人で声はあげるわ、持っていたお水はこぼすわ。開いていた玄関から間違えて飛び込んでしまった模様です。驚いているのはハチドリも同様で、チッチッと鳴きながらひたすら窓をつつき続けています。あんた、そこからは出られないんだってば、と言ったところで通じるわけもなく、どうしてあげたらいいのかとっさに頭がまわらず、私もあわてるばかり。ハチドリがブラインドに掴まって休んでいる姿をみて、こっちも一息つき、そうか窓を開ければいいのか、とごく当たり前なことに気付きました。再び飛び立って激しく窓をつつくハチドリに当たらないように、そーっと窓を開け、網戸を外し(ウチの網戸はガラス窓のように左右にスライドできず、窓にはめ込んであって、ガラス窓をあけると常に網戸の閉まった状態)ましたが、ハチドリ、すぐにはそれに気付かず、ブラインドに掴まって2度目の休憩に入りました。見ると、ハーハーと肩で息をして(?)、ブラインドに掴まっているのもやっとで、いまにもポトリと落ちてきそうな様子です。そうだよね、あんなに激しく羽ばたきながらあんなに必死に窓をつっついてたら、疲れるよね。でもお願いだから、万が一にもここで息絶えたりしないでね。ほら、窓開けたからね。早く気付いてよね。頼むよぉー。と、次の瞬間、ブラインドから離れたと思ったら、そのまま窓の外に飛び出してくれました。おぉぉ、良かったわー。
ハチドリはこの辺りでよく見かけるし、我が家の玄関先の赤い花にもよく密を吸いに来ますが、まさか家の中にまで入ってこようとは。こんなこともあるんですねぇ。
水曜日の朝8時頃、East Palo Altoで小型機の墜落事故があり、その小型機が墜落時に送電線に引っかかって送電線が切れてしまったそうで、Palo Altoは市内全域で停電になりました。我が家は幸いガスコンロ、ガスヒーター、ガス給湯機なので、差し迫って困ったことはありませんでしたが、ガスなし電気のみだった以前のアパートのような住まい(Palo Alto市内には少なからず存在すると思いますが。)にいたら、こんな時には炊事はおろかお茶も飲めず、心細い思いをしたに違いありません。
電気が戻るまで、この日はたいそう読書がはかどりました。いつもは本に集中する前に、あっそうだ、アレを調べなくちゃと思ってたんだ、か、そう言えばこないだ話してたアレってなんだったっけ、あのヒトにメールの返事しなきゃ、というようなことを思い出して、細切れにパソコンを開いてはインターネットに繋がってしまうんです。午後6時頃にテレビやFAXが起動し、冷蔵庫がウィーンと唸り出したのを聞くと、ほっとしたのと同時に、文字通り静かな時間が終わってしまって残念な気もしました。
夫は通年、半袖のポロシャツで過ごしています。週末はTシャツ、夏はアロハ、冬は長袖のポロシャツが時々混ざります。アメリカに来てからは、学会もセミナーもあらゆる場面をそれで過ごしていたのですが、真面目な会議や打ち合わせなどにも出席するようになり、自分でもポロシャツどうよ?と思うに至ったようで、長袖のシャツというものを調達することにしました。今までYシャツ以外の長袖シャツ、持っていなかったんですね。着ないから。
早速、スタンフォードショッピングセンターのBrooks Brothersへ出向きました。販売員のおばちゃんがささっと寄ってきてサイズを測ってくれて、あなたのサイズはこれ、と教えてくれます。ネクタイなしのビジネス用のシャツを探している、と伝えると、襟の形はこれかこれがいいわ、シャツは1枚$79.50だけど3枚なら$199、ゆっくり好きなのを選んでね、と言い残していったん離れていきました。これは襟がだめ、これはサイズがない、この縞はあんまり、などと言いながら、どうにか2枚を選びました。2枚だと正価のままで合計$159ですが、それでも$199よりは安いし、不要なシャツを増やしても仕方がありません。その2枚を持って最初にサイズを見立ててくれたおばちゃんに声を掛けて支払いをしようとすると、「3枚買うと$199でさらに25%引きだから$149.75、1枚$49.75になるのよ。」とのこと。えぇっ、さっきそんなこと言ってなかったじゃん。3枚$149.75となれば、2枚$159より安くなります。再びシャツの棚に戻って、無難なストライプをもう1枚見繕いました。一緒にベルトも買ったのですが、それも25%引きにしてもらえました。
得したような、だまされたような。このシャツ、セールになったら一体いくらになるのでしょうか?セールが始まったら、調査に出向かねば。。。
日本に帰国していた間、有り難いことに複数のお友達が私の育てている植木を、それぞれのお家で預かってくれていました。当然、ペラルゴニウムに住み着いていたバッタ達も、鉢ごとそーっとビニール袋に入れて、車のトランクに乗せて、とある友人宅へ運びました。気に入って私のペラルゴニウムに留まってくれているわけだし、今更放り出せません。バッタ達もいるからよろしくね、と。(< いい迷惑...。)
帰国後迎えにいくと、曰く、預けた翌朝に一匹がいなくなり、もう一匹は別のペラルゴニウムに引っ越したとのこと!バッタ達、案外環境の変化に敏感?!
ともかくも、再び鉢ごと袋に入れて連れて帰ってきてました。だいぶん成長して、今は3cmくらいです。いつになったら旅立つのか?楽しみです。
その後ぐんぐんと羽が伸びたバッタです。今日、ついに居なくなりました。どうやって離れていったんだろう。ピョンと飛んでいったのか、バタバタ飛んでいったのか。いずれにしても、夏中楽しませてもらいました。
ばった、元気でねー!
旅立ったとばかり思っていたウチのバッタ、以前の住まい(ペラルゴニウム)から4-5m先にあるバラに引っ越してました。また見つけられて嬉しいわー。後ろ足の手入れ(?)をしてたので、ちょっとビックリしました。
バッタの住まいに新しいバッタが登場しました。写真の右はもとから住んでいるバッタ、左が新しくやってきたバッタです。なんだかちょっと小さくなった?と思いながらじっと眺めていると、もう一匹動くものがいるではないですか。小さくなったんじゃなくて、小さい方が新入りバッタだったのです。どうしてここに別のバッタが居るってわかったんだろう?バッタワールド、奥が深そうです。
<↑修理から戻った車をくまなく眺める夫。最後に写真撮影。>
ウチの車は渡米時に中古で買った2001年のトヨタカムリです。走行距離は120000マイル( = 193000 km)と結構走っているので、長距離ドライブを前に、初めてトヨタのディーラーに点検に出しました。これが予想以上に部品などの交換が必要な状態で、4年半前に買った値段の半分近く(ただいま円高につき、正確には4割程度)という驚きの出費に繋がりました。大きな出費は痛いけど、命には代えられないから仕方ない。さらに驚いたのは、私にも違いがわかるほど運転し心地と乗り心地が良くなったこと!まー、なんてことでしょ。ちゃんと手をかけるのは、何事においても大切なようです。
隣に茶トラのネコの兄弟がいて、機嫌がいいと寄って来ることがあります。これまでネコにあまり馴染みがありませんでしたが、改めて周りを見回すとネコを飼っている友人は案外多く、その友人達や、子供の頃にネコを飼っていたという夫の話を聞くと、ネコというのはどうやらたいそう可愛い模様。何ヶ月か前から、ネットで色々と調べて夫と協議を重ねて、ウチでもネコを飼おうではないか、という話になりました。アパートの大家さんにもネコを飼う承諾を得、今日はついに里親を捜しているネコを預かっている近くペットショップにネコの下見に行ってきました!
広さ一畳、高さ2mくらいのケージが4つあり、それぞれに6〜8匹くらいずつネコが入っています。ネコ達の世話をしていたボランティアの女性が、私達の要望を聞きながらそれぞれのネコの性格などを紹介してくれました。グレーの縞ネコがいいと思っていたので、候補になりそうな子ネコのいるケージにまずはネコ初心者の私が入らせてもらって、仲良くなれそうかしばらく時間を過ごし、その後、夫も別のケージにいた子ネコを抱かせてもらったりしながら小一時間お店で過ごしました。どのネコもつるつると毛並みがよく、触って気持ちがいいのです。また、短い時間でもそれぞれに性格が違うのがわかり、どのネコも可愛いねぇ、どうするかねぇ、と言いながら、今日のところはひとまずお店をあとにしました。
お店を出て車を運転しながら、夫はなぜか鼻をぐずぐずさせ始めました。そのうち「目が痒い。」、続いて「目がとっても痒い。」。目が充血して赤くなっています。これって、明らかにアレルギー症状...。以前ネコを飼っている知人の家に行った際、呼吸の苦しくなるようなひどいアレルギー症状が出たことがあったのですが、そのお宅がちょうど改装工事中で、改装後何度かお邪魔した際にはアレルギーの症状が出なかったので、工事の影響だったかと思っていたのですが、どうやら原因はネコだったよう。
結論:夫、猫アレルギーにつき、ネコ飼えず。
しょっぼーーーーん。何ということか。相当盛り上がっていたうえ、実際に子猫を見たあとだったので相当がっかりですが、こればっかりはどうしようもない。飼い始める前に判明したのが不幸中の幸いと言えましょう。それにしても、ネコ達可愛かったなぁ.....。
地震のあと、日本への義援金を募るためのベイクセールを見かけます。ベイクセールというものを今回初めて知ったのですが、Wikipediaによりますと、小さなグループや学校などで、手づくりのカップケーキやクッキーなどの焼き菓子、あるいはちょっとした小物などを販売して、その売り上げを目的の資金に充てるという資金集めの方法だそうです。売る側は、売るものを作るという行為で、買う側は、作られた商品を買うことによって、自分が応援したい活動に寄与することが出来るのです。
先週、パロアルトのダウンタウンで開かれたベイクセールに友人達と出向きました。この日は最高気温が25℃を上回り、3月末とは思えない暑さでしたが、セールの開始時からご覧の通り、沢山のお客さんが並んでいました。私達も列に並んでマドレーヌやマフィンを買い、その後「水〜〜〜!」と近くのカフェに逃げ込みました。あとで聞いたところによりますと、この日の売り上げは約$1,500にもなったとのこと。全額日本赤十字社に寄付されるそうです。
4月最後の週末は、東日本大震災に対する義援金集めの活動に参加したJapan weekendになりました。
1つめは4月29日(金)の夜に、ベイエリアでフルタイムで就労・就学しているママ達の会が主体となって開催された、アン アキコ マイヤースのコンサートです。裏方としてのお手伝い+聴衆として参加しました。私はフルタイムで働いてもなければ、ママでもないんですが、その昔、日本で彼女のコンサートに足を運んだことのあるファンの一人として、半ば無理矢理頼み込んで、少しお手伝いをさせていただきました。3月中旬に開催された大阪フィルとの共演のために、たままた地震発生当日にサンフランシスコから大阪入りしていたという彼女は、大好きな日本が地震と津波に見舞われたことに非常に心を痛め、今回のコンサートには一も二もなく賛同して下さり、コンサートでの演奏に加え、個人的にも$10,000の寄付をして下さったそうです。「さくらさくら」や「荒城の月」「春の海」といった日本の曲の演奏も良かったですが、最後の1曲、ラヴェルのバイオリンソナタに、彼女の本領が発揮されていたんじゃないでしょうか。主催者からの最終的な報告はまだですが、コンサートの収益とCDの売り上げ、寄付などあわせて$50,000以上(アン アキコ マイヤースのホームページによると$60,000近く)が集まったようです。3割がアメリカの赤十字、3割があしなが育英会、残りがGive2Asia、米国法人日本国際交流センター等の団体に寄付されるとのことです。
Anne Akiko Meyers (Violin) & Wendy Chen (Piano)
翌30日(土)は、さらにその翌日5月1日(日)に開催されたジョギングイベント、RUN FOR JAPAN USA 走ろう、日本のために。のお手伝いで、ゼッケン配りに出向きました。このイベントは、3.5km(参加費$20)のウォークか、8kmのラン(参加費$30)への参加を通して、日本への寄付を募ろう、というもの。運営にはスポンサーを見つけ、参加費、イベントTシャツ($10)の売り上げ、当日撮影された写真の売り上げすべてがProject HOPEという医療を提供する団体に寄付されるしくみです。800人もの参加登録があり、当日の朝にだけゼッケンを配ると受け渡しが混雑するので、受け取る側とっても渡す側にとっても前日にも渡す機会があるのは好都合なのでしょう。200人くらいが前日ゼッケンを受け取りにきてくれたようです。
で、イベント当日の5月1日。朝が早い(ボランティアの集合時間は7時)ので、当日手伝うのは無理だわ、と前日の手伝いに行ったのですが、何やら成りゆきでこの日も朝からゼッケン配り。夫は写真係として出動しました。日本人・日系人のみならず、多くの方が参加して下さっていたのが印象的でした。こちらのイベントでは、5月1日時点で$32,107が集まったとこと。写真の販売が5月31日までなので、もう少し集まりそうです。
今回の地震で被災したわけでもなければ、揺れを感じたわけでもなく、遠く離れた海の向こうのアパートで、ばかみたいに「あーーーあーーー」と言いながら津波に呑まれていく畑、押し流される車や家の映像を見ていただけなのですが、何かしなくちゃ、という気持ちだけは溢れてきて、コンピューターの画面に数字を打ち込んでクリックし、お金を送るだけでは到底収まりませんでした。ひとりで悶々とするのではなく、行動力のある方々のお陰で、ベイクセールに出掛けて買い物をする、コンサートやイベントの手伝いをするといった実際に身体を動かす機会を得られたことは、本当に恵まれていました。主催者の方々には心から感謝をしています。ただ、今回の地震と津波、それに続く原発の事故による被害は、これだけやったからもういいわ、と思えるような規模ではありません。これから先も、出来ることを少しずつ、時を変え、形を変え、続けていかなければなりません。
なんと気づけばもう9月。道理で日差しの角度が変わってくるわけだ。
8月は夫が上旬に日本、月末にドイツに出掛けて、合計2週間ほど一人で留守番をしていた。私は普段ももちろんゆっくりしているんだけれど、一人のあいだはどうしよっかなー、とちょっとわくわくしていた。が、これが案外あっという間。自転車部のBBQに参加したり、久々に会う友達がいたり、同じく留守番中の友達とご飯を食べたり。突然「今日、夕飯一緒にいかが?」と誘われて、二つ返事で出掛けたり。ずいぶんと楽しめるようになったもんだし、付き合ってくれる友達に囲まれているのは、何より有り難い。
アメリカで初めて留守番をしたときには、夫を車で空港に送っていくことも出来なかったし、夜にはやたらと心細かった。空港への送り迎えはその後必要に迫られて、何度も練習した。渡米後3年くらいたって1週間一人で留守番をしていたときに、友達と買い物に出掛けたり、夕ご飯を食べに出たり出来るようになった自分に気づいて、感心したものだった。
ゆっくりだけど確実に、私の暮らし、自分自身のネットワークがここに築かれている。あとどれだけいられるかわからないけれど、いる限り大切にしよう。
3月は雨季らしく雨が降り、肌寒い日も多くって、閉じこもりがちだったけど、4月はカリフォルニアらしい青空でスタート。エイプリルフールの日曜日、ほんっとに久しぶりにFarmer's Marketに出向いてみました。ずっと行ってなかったのよ、いつも家でずるずるしていて。近いのに。
この辺り、日本のような変化に富んだ四季は無いんけど、そうはいっても季節の変化はあって、マーケットの店頭にならぶ野菜や果物、お花が少しずつ移り変わっていくんですよね。忘れてたけど。眺めるだけでも楽しくて、いいものでした。また行こ。
2012年は、ワシントンDCのポトマック湖畔に、日本から送られた桜が植樹されてから100年だそうで、アメリカ各地で100周年記念事業が催されているようです。もちろん、そんなことはつゆとも知らなかったのですが、学年末のある日、細々続けている地元の高校でのボランティアに出向いたら、「今日はお昼休みに桜の植樹がある。」とのこと。聞けば、記念事業の一つ、アメリカ各地に桜の苗木を送るプログラムの植樹地の一つに選ばれたというのです。
授業が終わってから校内の植樹予定の場所に向かうと、学校の庭師さんがすでに土を盛り、穴をあけ、周到に準備をして待ち構えてくれていました。サンフランシスコ領事館からいらした方と校長先生、日本語クラブの部長さんの挨拶のあと、皆で植樹。一緒に植えた生徒達や、先生方、もちろん私にとっても思い出となる桜の木。1mほどの小さな苗木でしたが、無事に根付き、大きな木陰を作る樹に育って欲しいなぁ。美しい桜の花を咲かせる日が楽しみです。
Henry Gunn High Schoolに於ける植樹式典
来た〜!2年ぶりにバッタ到来。お住まいは、やはりペラルゴニウムがお好みの模様です。
気付けば5月。今年の1/3が過ぎた。
4月に作った和菓子は、わらび餅とこの琥珀羹。琥珀羹は、寒天で固めた砂糖水を一口大に切って、表面を乾燥させたものだ。色や形を変えて季節を表現できる。今回は濃淡2色の緑を目指し、一方は緑の着色料のみを加え、もう一方には緑+青を加えたのだが、思ったようにはならず、微妙に違う2色の緑になった。単に緑の着色料の量を調節すれば、想像したようなものになったのかもしれない。
今年は4月になっても雨が降ったかと思えば、月末は30度以上の暑さに見舞われた。ふぎゃー、暑いー、といいながら、渡米8周年を迎えた。まさかこんなに長い時間をこの地で過ごすことになろうとは、思いもよらなかったが、有り難いことに、環境にも友人達にも恵まれて、楽しく暮らすことが出来ている。
いつまでここで暮らすのか、私にも夫にもわからないが、与えられた時間を大切に過ごしたい。
左は南側の家のネコ、右は北側のアパートのネコ。
私たちが住んでいる部屋の前の住人はネコを飼っていて、左の茶とらネコと友達だったらしい。引っ越してきたころは、茶とらが玄関先までやってきて、当然のように部屋に上がろうとしていた。そのうち、友達ネコが居なくなったことを理解し、部屋まで遊びにくることはなくなったが、それでも私たちの住むアパートの駐車場は茶とらのテリトリーで、よくごろごろとくつろいでいた。
3-4年前のある日、右の灰色ネコがやってきた。こいつはどうもふてぶてしい。駐車場を我が物顔で闊歩し、はては、隣部屋のおじさんの車の上で寝ている。「ここはダメ!」と言っても、日本語がわからないせいか、気にする様子もない。茶とらテリトリーで態度が大きいではないか。静観していた茶とらもついに堪忍袋の緒が切れたらしく、激しい攻防がしばらく続いた。結果、灰色ネコ勝利。茶とらが隣との境の塀のこちら側を歩くことはなくなってしまった。
最近は、茶とらが隣との境のこちら側を一部歩いている。表の通りから少し入ったところまでで、途中からささっと塀の隙間を抜けて隣に入ってしまうが。知らぬ間に、茶とらと灰色ネコの間で協定が結ばれたか。
私としては、ぜひとも茶とらに全面的に戻ってきて貰いたい。灰色ネコ、引っ越さないかなあ。