ブログでバイオ 第31回 「ポスドク問題はミクロとマクロに分けて考えるべき」

10年近く前からインターネット上ではグルグルと堂々巡りの議論が続いている、所謂「ポスドク問題」。現状の見立てとしてはbuuさんの指摘が的確でありましょう。

なんか、最近の博士・ポスドク余剰問題を見ていると、学位の価値を過大評価してんじゃねぇーの?って思うことが多々あります。東大出身とかと一緒で、博士なんていうのも本質的には「3年間教授の言いなりになって、単なる労働力として我慢しました」ぐらいの意味しかないわけで、だから何なの?ということです。

重要なのは、大学院で何をやって、何を身につけて、何ができるのか、ということです。

ブログでバイオ 第28回「学位の価値を過大評価してないか?」

目的と手段を明確にしないまま博士の「数」を増やしたところ、結果として定義があやふやだったことが露呈してきた訳だ。

さて、では現実問題としてどうするか。日本のシステムの上でこういった問題を考えるときに重要なのは、現時点でのポスドク問題の当事者(ミクロ)の対応と、これからの対応(マクロ)を分けて議論することであろう。日本の大学における研究システムは、資金ソースの分布を見てもわかる通り、巨大タンカー(しかも操舵室の面々は2〜3年で交代してゆく)の中で繰り広げられていて、舵を動かし始めてから実際に船首が目に見えて向きを変えるのには、数年かかる。

まず当事者としてどうするか。僕はポリ氏の意見に賛成します。

 いかにも、「ポスドクは国の政策の被害者であり、その救済策が必要だ」的な論調が目立つが、まず第一に、国の政策があったから博士号を取った訳じゃないのである。文科省が何を言おうと、研究を生業とする意志があったからこそこの道を選んだのであって、そんなところで恩を売られても困る。

今日も脳天気:物ぢゃねえんだ

研究を生業として継続するための必要条件は年々変わっていって当然で、それに自分を適応させてゆくのは各自の問題だと思う。これは一人称の自己責任であり三人称の自己責任論ではない。今後アメリカ型を目指すことは既定路線のようであり、必要条件が厳しくなることはあっても、緩くなることはないと思われる。特に大学の外では、このパラダイムシフトは「失った10年」を契機にもっと速いスピードで進行している訳で、自己責任で適応させてゆく能力はより高いレベルで求められている。

ではマクロレベルではどうすべきか。一番効果があるのは流動性の確保の徹底ではないだろうか。アメリカのシステムでは、学部から大学院に進学する時も、博士号をとってポスドクになる時も、同じ大学には残らない。外に打って出てゆける力を付けて一人前とされる。これはアカデミアの基礎体力の向上に極めて効果的に作用している。本人もボスも第三者からの評価に耐えうる状態を目指す。次のポストを得るために、学会に出て行ってアピールし、ネットワーキングする。「大学院で何をやって、何を身につけて、何ができるのか」が常に問われ続けることによって、「大学院で何をやって、何を身につけて、何ができるのか」を提示する実績と能力を身につけていく環境になっている。もちろん採用側も「大学院で何をやってきて、何を身につけてきて、何ができるのか」を評価する能力を磨き続けなければ優秀な人材を確保出来ない。またボスは「研究の面白さ」だけでなく「研究の厳しさ」も説く必要がある(ただし「悲惨さ」では決してない)。

日本とアメリカの大学院もポスドクも構造が大きく違う。入学した大学院生の人数で予算が決まる日本と、大学院生に給与を払うので極めて慎重に採用するアメリカ。ポスドクの位置づけが不明確な日本と、PIになる能力を身につける場と定義されているアメリカ。これらの「型」を真似たり比較したり反証の材料にしたりしても事態は変わらない。前提条件の部分を「現在のポストが終わったら外に出て行く」とまず変えることによって、結果として「型」を変化させる必要がある。また、流動性の確保は川上への介入なので、政策誘導型の日本向きだ。守旧派は反対するであろうが、より保守的な医局制度が依然支配的な医学部→研修医のキャリアパスで全国規模での流動化が導入出来たのですから、可能なはず。

島岡さんが提案する、「中・長期的にはどんな人材を生み出したかで評価される(べきである)」は、この流動性の確保、すなわち現在のポストが終わったら外に出て行くのがデフォルトの状態になって初めてフェアーな評価となってくる。

操舵室はどう考えているのか。原典に当たってみると、「5号館のつぶやき」のコメント欄で議論されていることは大概、2年前には既に舵が切られているようである。

 理工農系大学院の博士課程

 理工農系大学院は,従来,研究者として自立するに必要な研究能力を備え,理学,工学,農学における特定の専門分野についての深い研究を行い得る研究者の養成を行い,また,学術研究を遂行することを主たる目的としてきた。

 しかし,今日,理工農系の大学院には,これら研究者の養成のみならず,産業界等における高度な技術者や高度な政策立案を担い得る行政職員など,社会の各般において,高度な研究能力と豊かな学識に裏打ちされた知的な人材の育成についても大きな役割を果たすことが求められており,その機能は多様化している。

 このような状況を踏まえ,理工農系大学院は,研究者養成を主たる目的とするのか,高度な研究能力を持って社会に貢献できる人材養成を主たる目的とするのか,およそ専攻単位程度で目的と教育内容を明確にすることが必要である。

 その際,当該専攻の規模によっては,同一の専攻の中に,前期・後期を通じた研究者養成のための教育プログラムと,高度な研究能力を持って社会に貢献できる人材養成のための教育プログラムを併存させるなどの工夫が必要である。

理工農系大学院
<修士課程及び博士課程(前期)に共通した教育・研究指導の在り方>

 従来,多くの理工農系大学院においては,学生に対する教育と教員の研究活動が渾(こん)然一体となって行われ,学生に対する教育が研究室の中で完結するような手法が中心となってきた。しかし,この方法は,個々の教員の指導能力に大きく依拠するため,場合によっては,専門分野のみの閉鎖的な教育にとどまり,産業界等で求められる幅広い基礎知識や社会人として必要な素養が涵養されにくいなどの課題が指摘されている。

 今後は,個々の教員による指導はもとより,各研究科・専攻における組織としての計画的な教育に力点を置いていくことが,より効果的な場合が多いと考えられる。

 理工農系大学院における教育プログラムが,専門的知識と幅広い視野を習得させるものとするためには,例えば以下のように,各研究科や専攻において組織的に教育活動を実施することが必要である。

 ・ 各専門分野に関する専門的知識を身に付けるための体系的な教育プログラム
 ・ 幅広い視野を身に付けるための関連領域に関する教育プログラム
 ・ 自立した研究者や技術者等として必要な能力や技法を身に付けるための教育プログラム

<大学院修了者の進路の多様化>

大学院教育の改革や人材養成面での大学と産業界等との連携を強化するとともに,学生はもとより,大学,産業界等の各主体が,博士課程修了者は大学の研究者になることが当然という意識を改める必要がある。博士課程修了者等の多様な進路の開拓を図るため,各大学院においては,幅広い知識・能力に裏打ちされた高度な専門性を培い,社会のニーズの変化に対応できる人材養成を行うよう,教育内容・方法の改善や教員の資質向上,インターンシップへの参加を含む学生のキャリアパス形成に関する指導,博士課程修了者の研究市場への積極的なアピール等に取り組むことが求められる。

2005年9月5日 文部科学省>政策・施策>審議会情報>中央教育審議会:
新時代の大学院教育−国際的に魅力ある大学院教育の構築に向けて−答申

これらを具体化する予算措置が「グローバルCOE」とされている。ですから、「グローバルCOE」が効果的に機能するように、よく見て、意見をのべ、場合によっては参加してゆくのが最も現実的なアクションなのではないだろうか。実際に動きもあるようですし。

私自身は自分が代表を務めるグローバルCOEにおいて取り組みたいと思っています。一緒にチャレンジしてくれる博士やポスドクさんがいたら大歓迎です。

大隅典子の仙台通信:誰がアクションするのか?

是非とも「大学院で何をやって、何を身につけて、何ができるのか」を示せる教育、そして「大学院で何をやってきて、何を身につけてきて、何ができるのか」を基準にした幅広い人材の登用を行ってほしいものです。

流動性の確保についても、操舵室はさらに踏み込んで舵を切ろうとしている。

一連の施策により、大学院重点化の対象であった国立大学を念頭に、大学院学生の多様性を確保する。優れた外国人学生のリクルートに努めると共に、同一校の同一分野出身者の大学院生が最大多数とならない状態(最大限3割程度)を目指す。

教育再生会議大学院教育改革:「プロジェクトX」検討チーム報告に当たって(案) (PDF)

実はこの方向性は上記2005年の「新時代の大学院教育−国際的に魅力ある大学院教育の構築に向けて−」の中間報告に対する意見の公募で、既に出てきている。

 学部から、大学院進学の際の卒業大学への進学については、伝統的に容認されてきたことではあるが、米国の例からしても、研究室を替え、より多様な経験をすることは、非常に重要であり、幅広い人間性、国際性を養う素地ともなっている。この学生の流動性の重要性、拡大の観点からして、総論的記述を脱して、より具体的な方策に踏み込むべきである。

 例えば、1)学内進学者は、定員の7割以下とし、残りの3割以上は、他大学卒の出身者とする。無論これらの割合は一例で調整が必要であろう。2)この際、他大学出身者への運営費交付金を学内進学者の1.5倍とする。3)他大学出身者へ奨学金の受領の確率を、判断基準の変更により高くする。4)他の大学に進学した場合には、科研費、PD採用の際により有利にする等のインセンティブを設け、学生の流動性の拡大を具体的に促進すべきである。

文部科学省>政策・施策>審議会情報>中央教育審議会 大学分科会>大学院部会(第33回)議事録・配布資料
資料3「新時代の大学院教育‐国際的に魅力ある大学院教育の構築に向けて‐」(中間報告)に対する意見の概要

ゆっくりではあるが舵は切られているのである。

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August 14, 2007